「私たち人間は手作り感が大好き。機械が生んだものは、人間が生んだものを超えることは絶対にできません」(サンダース)
サンダース「『ルックバック』の現場もそうだったんですか?答え合わせをしてないようにはまるで見えませんでしたよ」
押山「『ルックバック』では、作画を始めてから1年くらいかかっているんですが、ディスカッションの場は設けていませんでした。日本の多くの現場では、一つのシーンについてみんなが意見を出し合うことはありません。少数のスタッフで作ると、それぞれに任されるポジションの重要性が作品全体に対して大きな比率になりますが、スタッフは自分の役割に集中し、それぞれの仕事の領分の範囲でのみ監督と問題に向き合います。だから、多くの役職を兼任しながら監督した『ルックバック』では、私の極めて個人的な考えのもと映画全体を作ることになりました。
僕は、様々な商業アニメーションでキャリアを積み、テレビシリーズでは大人数でのプロジェクトも監督しました。3DCGや実写で作る映画だったらわかりませんが、思いどおりにならないストレスや、コミュニケーションコストを考えると、手描きでやるなら絶対的に少人数がいいなとなってしまいました。それだと、友だちを失ってしまうんですよね…」
サンダース「そのなかであんなすばらしい作品を作っているんだからいいじゃないですか(笑)」
押山「いやあ、僕の性には合っているやり方ですが、諸刃の剣だとも考えています。それより僕はクリスさんのコミュ力の高さが羨ましいです。自分のイメージがすでにでき上がっている時は、そういうふうになってない絵を自分で描き直しちゃうんですよ。言葉で説明して描き直してもらうより、自分で描いちゃったほうが早いから。バックグラウンドが絵描きなので、ついつい言葉の力をないがしろにしてしまうんです」
サンダース「絵描きは言葉より絵のほうがコミュニケーションを取りやすいですからね。私もそうです。言葉よりも先に絵を描いちゃう(笑)。絵のほうが1000の言葉よりたくさんの想いを伝えられると信じていますから。それに私も昔、アニメーターとして参加していた作品では、監督の言葉の説明を受けるより、絵で描いてもらったほうがわかりやすいのにと思っていたくらいです」
押山「相手も絵描きであれば、視覚的なコミュニケーションのほうが効果的なんでしょうね。ただ、アニメーターの担当部分のほとんどを描き直しちゃう場合などは、彼らとのコラボレーションが上手くいっていないと感じます。チーム力を最大化させるという意味でもよくないなと」
サンダース「でも、見方を変えれば、監督が明確なビジョンを持っているということでしょ?それはとてもいいことだと思います。だってスタッフにそれを絵で見せられるんですから。言葉で説明されるより絶対にクリアです。自分たちのリーダーがしっかりしているのはいい作品を作るうえでの大きなポイントだと思いますよ」
押山「そうだと思いたいですね(笑)。最後の質問をいいですか?クリスさん、ハリウッドでもAIの普及が映画をどう変えるか注目を集めていますが、アニメーションの制作においてAIは、どういうふうに環境を変えると思いますか?」
サンダース「最初はきっと混乱すると思います。そういう大きな変化が訪れた時はいつもそうですから。でも、必ずトラディショナルなやり方に戻ってきます。私のこの腕時計を見てください。針で時間を報せる機械仕掛けだけど、こういうスタイルのものはずっと作られ続けています。Apple Watchがでてきたとしても、ちゃんと需要がある。なぜかといえば、私たち人間はそういう手作り感が大好きだから。そこに戻っちゃうんです。いくらデジタルで生まれた絵があっても、私たちは美術館で昔ながらの油絵を鑑賞する。もしかしたら、デジタルの普及によって、よりハンドメイドのアートのほうが価値が高まったかもしれません。ということはつまり、AIの台頭がかえって人間の手で作られたものの価値を高めてくれるということ。機械が生んだものは、人間が生んだものを超えることは絶対にできません。私はそう信じているからこそ、この『野生の島のロズ』で手描きアニメを使ったんです」
取材・文/渡辺麻紀