支え続けた妻から夫へ。『35年目のラブレター』に散りばめられた人生を豊かにする名言集
映画『35年目のラブレター』(3月7日公開)は、ある夫婦の実話を映画化したヒューマンドラマ。戦時中に生まれ十分な教育を受けることができず、読み書きができないまま大人になった西畑保は、最愛の妻、皎子(きょうこ)へ感謝のラブレターを書くために、夜間中学に通い一から文字を習い始める。現代の西畑夫妻を笑福亭鶴瓶と原田知世、若い時代を重岡大毅と上白石萌音が演じることでも話題となっている本作では、劇中の至るところに、長年にわたって夫を支え続けた皎子の、優しさにあふれた言葉の数々が登場。何気ない毎日がもうちょっとだけ楽しく見えたり、人生で大切にしていきたいと思える皎子の“名言”を、夫婦の一途な愛が胸にしみてくるエピソードと共に紹介する。
「変わりないのは、悪いこともない言うことやな」
ある年のクリスマス、保は自転車で寿司屋の仕事から帰り、皎子はタイプライティングの仕事を終え、一緒にコタツで暖を取る。街やテレビはキラキラと賑わっているのに、保と皎子はいつも通りなんの変哲もない一日を送っていた。
そんな自分たちを、ちょっと自虐気味に「クリスマスや言うのに、いつもと変わらんな」と皎子に話しかけた保に、皎子がすかさず返したこの一言には、そこはかとないユーモアが漂い、誰もが心の中で思わず「たしかに、そうだな」と相槌を打ちたくなるはず。瞬時に返したそんな皎子の言葉からは、深い思いやりと人生の真理が宿っていることを、映画を観進めていくとジワジワと感じてくるだろう。保は本当はどこかで、なにか特別なことをして妻を喜ばせたい気持ちもある。それを理解している皎子は、特別なことをしなくても十分に自分は幸せだと、慎ましい自分たちの生活を軽やかに肯定してみせたのだ。皎子の優しさにあふれた気持ちがじんわりと伝わってくる。皎子の指摘どおり、いつもと変わらない日々を過ごせるということは、つまり悪い出来事や心配事がなにも起きてないということ。心穏やかに過ごせる、そんな小さな幸せに気付くことができること、感じられること、感謝できることこそが人生を豊かに輝かせるのだと、映画を観る我々にも気づかせてくれる。
「おいしい。心ってホンマに味にでるんやね」
保は、大人になってからも“読み書きができない”ことでずっと苦労してきた。どんな仕事についても上司や同僚から蔑まれ、バカにされたりイジめられて仕事が長続きしない。しかし真面目で誠実、かつひたむきな人柄を見込まれて寿司職人となった保は、自分を拾ってくれた大将(笹野高史)に勧められ、気が進まぬままお見合いをすることに。最大の憂鬱は、やっぱり“読み書きができない”こと。しかし、お見合いの席で保は皎子に一目惚れをする。皎子のことを好きになるほど、“実は読み書きができない”と打ち明けることができない保は、誠実な人柄ゆえに負い目を強く感じながらも、恋心に負けて何度もデートを重ねていく。
どこかで“諦めなければ…”と自分に言い聞かせていた時、皎子が寿司屋を訪れる。保は動揺しつつも、皎子のために「心を込めて握ります」と想いを込めて寿司を握る。そして、保が握った寿司を食べた皎子が、無言で手を止め涙を流しながら言ったのがこの言葉だった。耳心地のいいことは決して言えない2人だが、朴訥とした言葉や態度の一つ一つから、誠実さがにじみ出ている。それぞれに複雑な過去を背負っている2人は結婚に躊躇するが、少しずつ心が通い惹かれ合っていく姿と、また不器用ながらも真っ直ぐに相手と対峙する表情を、ぜひ見逃さずに堪能して欲しい。緊張感のある忘れ難いシーンだ。