支え続けた妻から夫へ。『35年目のラブレター』に散りばめられた人生を豊かにする名言集
「嫌いなもんも、ええとこ3つ見つけたら好きになるよ。試してみたら?」
デート中の食事でトマトに手を付けようとしない保を見て、皎子が提案したワザありな一言。「赤い」「ツルツルしている」など、到底“味”とは関係のないトマトの魅力を挙げる保だったが、トマトに対する肯定感はだいぶアップした模様。世の親御さんたちも、好き嫌いをしがちな子どもに無理矢理食べさせるのではなく、“この方法なら楽しく克服できるかも”と目から鱗が落ちるはず。それはもちろん食べ物に限らず、すべてのことに通じると言える。何事も“ちょっと苦手”とか“ちょっと嫌い”だからと言って、すべてを拒否・拒絶してしまうのではなく、どんなコトや人やモノにも必ず“いい面”があるのだと、別の角度から見てみることで受け入れる姿勢が変わっていくことを教えてくれた皎子のアイディアには感服しきり。
多角的にいろんな面を見て新たな魅力に気づいたり、見過ごして来たいい点に気付いたりすることができれば、きっと人生はより豊かになることだろう。皎子のユニークな視点やアイディア、ポジティブな姿勢を示すこの言葉は、その後の保の人生にも大きく影響を与えていく。保が、夜間中学で知り合う若い同級生に皎子のこの教えを伝授するシーンも。苦手なモノや人を嫌いになる前に、まずは“いいところを3つ見つける”こと。これすなわち人生を輝かせる秘策なのだ。
「つらかったな。これから一緒に頑張ろ」「今日から私があんたの手になるわ」
結局、読み書きができないことを打ち明けられないまま皎子と結婚した保は、幸せな生活を送りながらも、日常の様々な場面で小さな嘘や小芝居を打つ羽目に。皎子から万年筆を贈られても、笑顔を引きつらせながら喜んで見せ、試し書きさえ皎子の前ではすることができない。自己嫌悪に陥りながらも必死でやり過ごしていたが、結婚して半年後、隠しきれない事態に遭遇する。
自分の名前さえ満足に書けず、自棄っぱちで感情を爆発させた保に対し、皎子はそれまでの保の悲しみや苦しみ、その苦労に思いを馳せたのだろう。「つらかったな」という労わりの一言が心に染みわたったであろう保の心境を思うと、目頭がジワジワと熱くなってしまう。“読み書きができない”ことを隠していたことに怒ることなく、なにより保の苦しむ心に寄り添おうとする皎子の人間力には心底、脱帽せずにはいられない。そして保の心にのしかかって来た重しを取り除き、これからも保を隣で支え続けようという決意、一緒に人生を歩んでいく決意を示すこの言葉は、2人の人生においても映画においても、非常に重要かつ感動的なシーンである。
「つらいことも、ちょっとのことで幸せや」
この言葉も皎子の閃きや豊かな考え、視界の広さ、ユーモアや人間の大きさを示す金言だ。定年退職した保には、心に秘めた“どうしても叶えたい夢”があった。それは、“字”で苦労を掛けてきた最愛の妻に、“字”で感謝を伝えたい、ということ。そこで、保は一大決心して夜間中学に通い始めることに。年齢や性別、国籍も異なる様々な人たちが通う夜間中学に入学した保は、“妻にラブレターを書きたい”と参観していた皎子の前で伝える。しかし字の書き方のみならず、勉強の仕方自体を学んでこなかったうえに、60歳を超えた保の学習はなかなか進まない。そんななかで、担任の谷山恵(安田顕)をはじめ、いろんな事情を抱えた同級生たちとの出会いは、保の優しく大らかな人間性や頑張りを、さらに輝かせていく。
数年後、ついに保は生まれて初めての手紙――皎子へのラブレターを書きあげる。つたないながらも一字一字、心を込めて文字をしたためる保の姿は劇中でも印象的なシーンだ。とはいえ、初めての手紙にはいろいろな間違いが。読み終えた皎子は「幸せ」と書いたつもりが正反対の意味を持つ漢字「辛」になっているのに気づく。「上に一本書き足すと、“幸”の字になるよ。つらいことも、ちょっとのことで幸せや」とアドバイスするシーンは、思わず「本当だ!」とウキウキしながら、さすが皎子と唸ってしまう。それは漢字の誤字の指摘に留まらず、映画を観る誰しもに、ちょっと見方を変えるだけで人生が豊かになること、つらいことも乗り越えれば幸せになれることを教えてくれるから。“妻にラブレターを書く”という夢を叶えた保の姿を通して、“いくつになってもやる気さえあればなにごとも遅いことはない”という可能性を、映画を観る私たちに感じさせ、心に希望を宿してくれる。
ピックアップした名言以外にも、本作では保と皎子を支える様々な人たちが、そっと人生や心を豊かにしてくれるような言葉を紡いでいる。相手を想う気持ちの尊さや温かさに気づかせてくれる本作を観て、改めて人との関わり方を考えてみるきっかけにしてみてはいかがだろうか?
文/折田千鶴子