錦戸亮の役者力を“音楽“に例えるなら?『羊の木』吉田大八監督に聞く
『桐島、部活やめるってよ』(12)や『紙の月』(14)の吉田大八監督が、山上たつひこといがらしみきおによる同名漫画を映画化した『羊の木』(2月3日公開)。主人公の市役所職員・月末役には、錦戸亮が抜てきされた。原作では“中年のおじさん”として描かれる月末役に、なぜ彼が選ばれたのか。吉田監督を直撃し、キャスティング秘話や役者・錦戸亮の魅力について聞いた。
国家の極秘プロジェクトとして仮釈放された元受刑者たちを受け入れた架空の港町を舞台に、彼らの受け入れ担当となった月末が、次第に翻弄されていく姿を描く本作。吉田監督と脚本の香川まさひとによって数えきれないほどの話し合いが重ねられ、原作とは違った展開・結末が創られた。
しっかりと原作の魂は受け継がれており、吉田監督は「“人を殺した”という経験のある人間と一緒にいるときに、肌でなにを感じるか。もちろん怖いだろうし、不安だけれど、それだけではないということが原作には描かれている。彼らとともに生きていかなければいけないとなったときに、“僕らはどうすればいいんだ?”と原作では考え続けているんです。“簡単に答えの出ないことについて、真摯に考え続ける”という誠実な姿勢は受け継がないといけないと思っていました」と映画化する上で意識したポイントを明かす。
元殺人犯たちに振り回される月末は、原作では“中年のおじさん”として描かれている。「錦戸くんは偶然、本作のオファーが来る前に原作を読んでいたらしくて。“月末役だ”と聞いて、“あのおじさんをやるの!?”と驚いたらしいです(笑)」と吉田監督。「初期段階から、主人公を原作よりも若くしたいと思っていました。まだ未熟な人間が“元殺人犯と対峙する”という経験をすることで、どう変化していくのか。若いからこそ、よりビビッドな変化が描けると思いました」と主人公の設定を変えた理由を語る。
脚本作りが進むなか、“普通の若者として再構築された月末役”には「すぐに錦戸くんの名前が上がってきた」のだとか。「何本かの映画やドラマを観ていて、錦戸くんは普通の人を魅力的に演じられる俳優だと思っていました。この年齢で、普通の人間の輝きや存在感をきちんと出せる俳優は珍しい。『抱きしめたい -真実の物語-』ではタクシー運転手の役をものすごく風通しよく演じていました。例えるなら、“なにを着せても自分のものにしてしまう”という印象があります」と以前から錦戸に注目していたそう。
実際にタッグを組んでみて驚いたのは、錦戸の“反射力”だという。「音楽に例えると、リバーブ(残響効果)の種類って無限にありますよね。そのバリエーションを、普通の人が5種類しか持っていなかったとしたら、錦戸くんは30くらい持っているイメージ。そして、曲調や音楽性に合ったリバーブを瞬間的に判断して、さっと選択できる。つまり、“この音がこの曲の中でいちばん生きるのはこれ”とすぐ返せるんです。本作では月末の目線を通して、元殺人犯たちの歪みや揺れが描かれていきます。錦戸くんがブレずに、一人一人を的確に反射し続けてくれたおかげで、全員がバランスよく映画のなかで生きたと思います」。
月末と友情を育んでいく元殺人犯・宮腰を演じるのは、松田龍平。「松田くんとご一緒するのも初めてでしたが、“宮腰役はこの人しかいない”と思って声をかけました。2人の初めてのシーンとなったのは、月末と宮腰の出会いのシーンでしたが、撮影中、錦戸くんも松田くんもお互いに緊張していて、ほとんどしゃべらない(笑)。月末と宮腰のように、これから仲良くなっていく道筋が見えたような気がして、“いい出会いだな”と思いました」と大満足のキャスティングとなり、「ベストコンビ賞というものがあったら、あげたいくらい。今度は、2人の兄弟役なんかも見てみたいですね」と彼らから刺激もたっぷり受けた様子だ。
「これまで僕は、エキセントリックな主人公が突っ走って、周りを引きずっていくような作品を監督する機会が多くて。普通の主人公が極端な状況に巻き込まれていくという物語は今回が初めて」とまた新たな傑作を生みだした吉田監督だが、最後に「今後、映画化してみたい漫画は?」と聞いてみると「ひさうちみちおさんの『パースペクティブキッド』」と回答。「ただ設定も日本ではないし、実写映画化するのは難しい(苦笑)。夢の企画ってことでいいなら、アニメで『パースペクティブキッド』を作ってみたいです」と教えてくれた。
取材・文/成田 おり枝