【リズと青い鳥 特集】“思春期の終わり”に迫った珠玉の一作。本日公開!『リズと青い鳥』レビュー
スピンオフという企画は当然ながら、その元ネタを知らない人にはとっつきづらい。オリジナルの映画やTVドラマなどで好評を博したストーリー、世界観、キャラクターがベースになるため、多くの場合“一見さんお断り”である。ところが『リズと青い鳥』(公開中)はそうではない。TVアニメ版「響け!ユーフォニアム」を1話も観ておらず、“とある高校の吹奏楽部を舞台にした青春アニメ”という前知識しか持たずに試写を観た筆者は、あれよあれよという間に引き込まれ、そのみずみずしく、まっさらに紡がれた映像世界に魅了されてしまったのだ。
少女たちの移ろいゆく関係性を繊細に表現
まず驚かされたのは、吹奏楽部という大所帯の部活を描いているのに、群像劇になっていないことだ。主人公は、親友同士であるオーボエ担当の鎧塚みぞれとフルート担当の傘木希美。北宇治高校の3年生になった彼女たちは、高校生活最後のコンクールの自由曲「リズと青い鳥」で思いがけない壁にぶち当たる。この曲の第3楽章にはオーボエとフルートが絡み合う大切なソロパートがあるのだが、なぜか2人の演奏は噛み合わない。やがて「リズと青い鳥」の原作である童話のストーリー展開に共感できず、わだかまりを溜め込むみぞれと、それに気付かない希美の感情は決定的にすれ違っていく…。
季節は夏だというのに全編が校舎内で進行し、陽光きらめく開放的な屋外シーンはほとんどない。北宇治高校吹奏楽部には男子も所属しているはずだが、画面に映るのは女子部員だけだ。このように空間や登場人物の数を限定した設定のもと、寡黙で内向的なみぞれと、快活で下級生にも慕われる希美の微妙に移ろいゆく関係性が、「けいおん!」や映画『聲の形』(16)の山田尚子監督ならではの細やかな日常描写によってつづられていく。リアルな楽器の扱い方はもちろん、みぞれが髪をかき上げる仕種やスカートの裾が翻る一瞬を捉えたショット、校内に響く靴の音などを繊細に伝える音響設計がすばらしい。そして部室、廊下や階段、生物室で儚げに呼吸し、多感に揺らめく思春期のヒロインたちの生態が密やかに映し出される。これほど豊かで純度の高い“少女映画”にはそうそうお目にかかれない。
心の機微に焦点を絞った大胆な演出
写実的なタッチのメインパートと、淡い水彩調で描かれる童話「リズと青い鳥」のパートが感情的にシンクロしていく映画的かつアニメ的な仕掛けこそあるものの、吹奏楽部の崩壊やコンクール出場の危機といったこの手の青春ものにありがちな大事件は何ひとつ起こらない。それでもジャンルの定型を大胆に逸脱し、みぞれと希美の“内なる想い”に焦点を絞った映像世界は、スリリングにざわめき続け、時には静かなスペクタクルさえ体感させる。2人それぞれの“視線”にこだわった演出、前半のみぞれから後半の希美へとダイナミックに“視点”が切り替わる構成の妙も見逃せない。
また、物語上の重要なモチーフである“青い鳥”は自由の象徴であり、“羽根”は大空への飛翔を連想させる。しかし高校3年生の夏になっても進路を決めかねている2人は、もはやふわふわと夢ばかり見ていられる年頃ではない。否応なく迫りくる思春期の終わりという残酷なテーマにも触れたこの映画は、それ故にずしりと胸に響く珠玉の一作となった。「物語は、ハッピーエンドがいいよ!」とは劇中で希美がみぞれに屈託なく語りかけるセリフだが、この映画はクライマックスもラスト・シーンも“ふたりぼっち”だ。心の檻から羽ばたこうとする少女たちが、ひたむきに、まっすぐにたぐり寄せる美しいエンディングを、密やかに目撃するのは観客のあなたである。
文/高橋諭治