東出昌大の俳優としての魅力を『寝ても覚めても』の濱口竜介監督が分析
芥川賞作家・柴崎友香の同名恋愛小説を映画化した『寝ても覚めても』(9月1日公開)が、商業映画監督デビュー作ながら、第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるという快挙を遂げた新鋭・濱口竜介監督。主演の東出昌大は、本作で1人2役に挑んだが、濱口監督は「東出さんの役者としての持ち味を十二分に活かせた役どころだったのではないか」と手応えを口にする。
21歳の朝子(唐田えりか)は麦(東出昌大)と出会い、運命的な恋に落ちるが、その後、気ままな麦は突然姿を消してしまう。2年後、大阪から東京に引っ越した朝子の前に麦と瓜二つの亮平が現れる。真っ直ぐな恋心をぶつけてくる亮平に戸惑いを覚えつつ、少しずつ彼に惹かれていく朝子。しかし朝子は、ずっと麦のことが忘れられずにいた。
東出と、ヒロインを務めた新星・唐田えりかが織りなす、せつなくリアルな恋愛模様がカンヌでも高い評価を受けた本作。どこかつかみどころのない飄々とした青年・麦と、ほがらかで誠実な亮平の2役を演じた東出だが、濱口監督は意外にも「演じ分けようとはしなくていいです」と言ったそうだ。
「麦と亮平は髪型も雰囲気も話す雰囲気も全然違う。台詞も麦は標準語で亮平は関西弁だし、それを東出さんが素直に発声してくれれば、自然と分かれてくるから大丈夫だろうと。どちらかというと、“演じ分ける”という意識を捨ててもらえたほうが、観客にすっと入ってくるかなと思ったんです」。
濱口監督と言えば、東京藝術大学大学院修了制作の映画『PASSION』(08)や、演技経験のない4人の女性を主演に迎えた『ハッピーアワー』(15)で、すでに卓越した演出力が国内外の映画祭で称えられた若き俊英だ。ヒロインの唐田えりかは、本作が本格的な演技初挑戦の新人だったが、フレッシュな魅力を輝かせ、まさに“女優開眼”のデビュー作となった。
東出、唐田のほか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知と、脇の俳優陣からも適材適所のアンサンブル演技を引き出した濱口監督。その演出法のカギとなるのが、毎回、撮影前に開くというワークショップだ。さすがに売れっ子の東出らキャスト陣をこれまでどおり拘束することは難しかったようだが、それでもクランクイン前に合計1週間ほどのワークショップを行ったそうだ。
「特に20代チームはしっかりやりました。唐田さんは当時10代でしたが、東出さんや唐田さんは常に輪のなかにいて、ほかのキャスト陣とリハーサルみたいなことをやりました。実はクランクイン前に、東出さんが音頭をとって『みんなで飲みにいこうか』と顔合わせをし、仲良くなっていたことも本当にありがたかったです」。
濱口監督は、東出の座長ぶりに心から感謝する。「東出さんはすごく忙しい方なのに、クランクイン前からこつこつと献身的に関わってくださいました。主演の東出さんがそうだと『大事な現場なんだ』という気持ちがみんなにも共有されていく。すべて東出さんのおかげです」。
18年は映画だけでも『OVER DRIVE』『パンク侍、斬られて候』『菊とギロチン』、ナビゲーターを務めた『ピース・ニッポン』、本作、『ビブリア古書堂の事件手帖』(11月1日公開)と、出演作が目白押しの東出。濱口監督は、東出の魅力をどう感じているのだろうか。
「まず、第一に“外見”。そこが麦に必要な要素でした。とても大きいから、集団のなかでもひときわ目立つし、黙って立っている時の異質な感じがすごい。また、カンヌで実感したんですが、本当にきれいな顔をしていて、とてもミステリアスな印象を受けます。そこは黒沢清監督作品で最も開かれている魅力だと思っています」。
そして、もう1つの魅力が、フレンドリーで好青年な素顔だと濱口監督は指摘する。「東出さんは実際に話してみるととっても“良いお兄ちゃん”で、そこは亮平的要素です。バラエティ番組を観ていても、テレビでこんなに素を見せ、無防備でいる人もあまりいないなと驚きました。その2つの要素を持っていますが、本当の東出さんは内面的にも麦みたいなところがあると僕は思います。それは、周りの目をそんなに気にしないという部分。東出さんのなかでその両面が振り子のように揺れている。今回、その両方の要素を出してもらえたので、とてもいいキャスティングだったんじゃないかなと思いました」。
『寝ても覚めても』は、海外でも20か国以上で公開予定だ。「全然、実感が沸きません」と恐縮する濱口監督だが、大学時代の恩師でもある黒沢清監督の言葉がいまも忘れられないと言う。
「黒沢清さんが10年くらい前に『日本だと僕の映画は1万人くらいしか観ないかもしれないけど、その1万人が世界中にいるかもしれない。1万人ずつ重ねていけば100万人というような想像できなかったような数の人に観てもらえる可能性がある』という話をしてくださいました。時間や地域を越えて、世界に通じる作品が作れたらいいなと思っています」。
取材・文/山崎 伸子