31年前に韓国でなにが起きたのか。チャン・ジュナン監督が語る“民主化運動”のいま
1987年、バブル景気まっただなかの日本とは裏腹に、隣国である韓国では歴史を揺るがす事件が巻き起こっていた。その全貌を様々な視点から描いた、社会派オールスター映画『1987、ある闘いの真実』が9月8日(土)より公開される。メガホンをとったチャン・ジュナン監督を直撃し、本作を観るうえで知っておきたい歴史や、本作に込めたテーマ、そして劇中で描かれる民主化運動が現代にもたらしたものについて話を聞いた。
今年の春に日本で公開され、スマッシュヒットを記録した『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)で描かれた、80年に起きた光州の民主化運動、通称“光州事件”。それから7年後のソウルで起きた、ある大学生の不可解な死に端を発する本作は、軍事政権下で激化していく国民と国との闘いを、警察やマスコミ、そして大学生の視点を通して濃密に描きだしていく衝撃作だ。
ジュナン監督は「80年と87年は密接につながっている。80年に起きた悲劇を徐々に国民が知るようになり、その悲しみや憤りが凝縮して爆発したのが87年なんです」と解説する。本作の劇中には、『タクシー運転手〜』に登場するドイツ人記者が撮影した記録映像も登場する。「本作を観るうえで『タクシー運転手〜』も役に立ちますが、日本の阪本順治監督が撮った『KT』も重要です。この作品で描かれる事件があった直後から、学生運動が起こるようになってきた。そういった流れを少しずつ知って本作を観ていただければ、より韓国の近代史を深く知ることができるでしょう」。
本作最大の特徴は、明確な主人公を設けずに複数の人物の視点が交錯していくことにある。「この映画の構造はちょっと変わっているんです」と語りはじめる監督は、丁寧に図を記しながら解説してくれた。「キム・ユンソク演じるパク所長という一人の強い軸を設定して、それに向かって多くの登場人物たちがぶつかっていく。彼らがバトンをつないでリレーするようにストーリーを構成しているんです」。そして「私は全員が主人公になる映画を作りたいと思いました。いや、むしろラストシーンの広場に出てきた大勢の市民の姿を観てくれた観客が『自分がこの歴史の主人公なのかもしれない』という気持ちを持ってくれるのではないかと思いながら作りました」と熱い想いを述懐。
なかでも、監督がもっとも強い思い入れを抱いた登場人物は、キム・テリが演じる大学生のヨニ。ほかの登場人物は当時実在した人物をモデルにして作り上げたが、ヨニだけは「その当時いた、多くの人々の心情を代弁した人物」であると監督は語る。“多くの人々”には、劇中のヨニ同様、なにも知らずに“光州事件”のビデオを観て強い衝撃を受けたという監督自身の経験も込められているのだろう。
「普通の人たちは歴史に記録されないだけで、歴史を変えたのはそういった普通の人々の力だった。彼女はこの作品の中で唯一ドラマティックに変わっていく役柄で、人を信じられなかった彼女が徐々に人を信じられるようになっていく。この作品の重要なテーマである“人を信じる”ということを伝える役割を果たしてくれました」。
ジュナン監督は、本作を作ることが「非常に難しい作業だった」と述べ「この映画では歴史の美しい部分しか扱っていません」と明かす。本作で描かれる民主化闘争のあとには、「大統領直接選挙制」を勝ち取ったにもかかわらず軍事政権を引き継ぐ人物を選んでしまい、国民の多くが失望したという出来事があった。
そして「87年に釜山で人権弁護士として民主化運動をしていた人がいました。その人こそが、ムン・ジェイン大統領。当時『あの日がくれば』と歌い、民主主義を唱えていた人たちがいまの政府を構成している。本当にゆっくりとした歩みでここまでやってきた。ゆっくりではありますが、少しずつ歴史は前進している。民主主義とは、そういう貴重なものなんです」と結んだ。
取材・文/久保田 和馬