“片思い”を伝える音楽が詰まった『坂道のアポロン』秘話を、三木監督が明かす!
青春映画の名手、三木孝浩が、小玉ユキの同名人気漫画を実写映画化。66年の長崎県佐世保市を舞台に、ジャズに魅了された高校生男女3人の姿を、同監督らしい瑞瑞しい映像美で映しだした青春群像劇だ。そんな本作最大の魅力とも言えるのが、主演の知念侑李、中川大志らが吹き替えなしで挑んだセッション・シーンの数々。約10か月に及ぶ楽器の猛特訓が奏功した生演奏は、スリリングさと爽快感に満ちている。
『くちびるに歌を』(15)、『青空エール』(16)に続く“三木流青春音楽映画”を、豪華特典が満載のBlu-ray&DVDで堪能してほしい。このたび、パッケージの発売を記念して監督の三木孝浩を直撃。映画版ならではの見どころやこだわりを聞いた。
原作にない教室での“指セッション”のシーンは、すごく映画的
――『坂道のアポロン』は、薫と千太郎、律子がそれぞれ好きな人を見つめていて、その視線が交わらない。そこが切ない青春映画ですね。
「好きな人を見つめる目線や表情は、映画を観ている人も自分の思い出とリンクさせやすいんですよね。それに、僕は片思いの目線が好きで。今回も台湾映画『藍色夏恋』(02)や『あの頃、君を追いかけた』(11)などの目線を参考にしました。そして、この映画では感情を伝えるのは音楽。それらはセリフより観ている人の胸に刺さると思うんです」
――いちばんこだわった演奏シーンはどこですか。
「クライマックスの体育館の演奏シーンですね。仲違いしていた薫と千太郎が元の関係性を取り戻していくことが、彼らのあのピアノとドラムのセッションだけで観る人に伝わらなければこの映画は成立しないと思っていました」
――どんな工夫をしました?
「ジャズのアレンジを担当してくれた鈴木正人さんに、『生身の人間の感情がどんどん積み重なって、盛り上がっていく感じにしてほしい』という話をして。レコーディングでもクールにカッコよくではなく、ぶつかり合う2人の熱量が高まって、お互いの演奏が食い気味になるようなものを目指してもらいました」
――原作やアニメ版にない会心のシーンも教えてください。
「教室の“指セッション”です。授業中の空気感のなか、机を叩く鉛筆の音と一緒にだんだんジャズになっていく感じはすごく映画的だなと思って。あれは脚本を書いた髙橋泉さんのオリジナルのシーンです」
――律子役の小松菜奈さんとは2度目ですが、前作『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の時に、監督は「小松菜奈史上いちばん可愛く撮る」とおっしゃってました(笑)。今回の彼女はいかがでしたか。
「観客は律子の目線に自分を重ねて薫と千太郎の演奏を観るわけですけど、菜奈ちゃんはそこに嘘がない。自分の内から湧き出る感情で、いつも僕が想像していたセリフの言い方や表情の2、3歩超えたものを出してくる。この映画でも、薫と再会する10年後のシーンで、彼女の表情がじわじわ変わっていくのを見た時はすごく驚きました」
――にしても、映画のラスト・カットは意地悪です(笑)。
「すみません(笑)。でも、観た方の心の中で物語が続いていく感じにしたかったし、律子と一緒に薫と千太郎の関係を羨ましいと思ってもらいたくて。ここも菜奈ちゃんが上手く表現してくれました」
――DVDの特典映像で特に観てほしいところは?
「マルチアングルの『“本編別アングル収録”セッション・シーン集』はぜひ観てほしいです。2人が本当に演奏しているから、ここまで見せられた。みんなが音楽を楽しんでやっている、現場の空気も感じてほしいですね」
●三木孝浩プロフィール
1974年生まれ、徳島県出身。ORANGE RANGE、いきものがかりほか、多数のPVを手掛け、'10年、『ソラニン』で長編初監督。その他の主な監督作に、『アオハライド』(14)、『くちびるに歌を』(15)、『青空エール』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(共に16)など。
取材・文/イソガイマサト