アカデミー賞受賞作『ムーンライト』の監督が新作をひっさげ初来日!日本映画からの影響を告白
第91回アカデミー賞で助演女優賞・脚色賞・作曲賞の3部門にノミネートされている『ビール・ストリートの恋人たち』(2月22日公開)を手掛けたバリー・ジェンキンス監督が初来日を果たし、13日にTOHOシネマズシャンテで行われた公開記念トークイベントに登壇。バレンタインデー前日ということにちなみ、ゲストとして登壇した「水曜日のカンパネラ」のコムアイからチョコレートが手渡されると、満面の笑みを浮かべた。
本作はニューヨークのハーレムに生まれ、公民権運動家としても活動した作家ジェイムズ・ボールドウィンが70年代に発表した同名小説を原作にしたラブストーリー。幼いころから共に育ち、運命の相手として愛を育んできた19歳のティッシュと22歳のファニー。しかしある時ファニーは、人種差別主義者の白人警官の怒りを買い、無実の罪で逮捕されてしまう。ファニーの子どもを身ごもっていたティッシュは、彼を救い出すために家族と共に奔走するのだが…。
第89回アカデミー賞で『ラ・ラ・ランド』(16)を抑えて作品賞を受賞した『ムーンライト』(16)の監督として知られているジェンキンス監督。今年のアカデミー賞について「とてもワクワクしています。一昨年はいろいろありましたから、ちょっとしたPTSDを抱えての授賞式になりそうですが」と、世界中で大きな話題となった、アカデミー賞授賞式でのハプニングを自らネタにして笑いを誘うと、自らそれを再現。会場は大爆笑に包まれた。
そしてジェンキンス監督の作品のファンだというコムアイが花束とチョコレートを持って登壇し、「2つの気持ちがミルフィーユみたいに交互に伝わってくる作品。厳しい世の中で、主人公の2人へ重くのしかかってくるものと、それを物ともせずに立ち向かう愛と生命力。ロマンティックな気持ちもあるし、すごく苦しくなる気持ちもある」と本作の感想を熱量たっぷりに伝える。するとジェンキンス監督は「プロの評論家よりも素敵なコメントですね」とにっこり。
さらにコムアイは、ジェンキンス監督の作品の持ち味である登場人物の感情の揺らぎや映画化の経緯についてなど、独特の表現を織り交ぜながら質問していく。「最初の30秒で、監督がいかに音楽を大事にしているかがわかる。原作にも音楽の描写が多い中で、原作と違う音楽を作ることに迷いはなかったのか、そして(作曲を担当した)ニコラス(・ブリテル)さんとどのように音楽を作り上げていったのか教えてください」とアーティストらしい質問を投げかけたコムアイに、ジェンキンス監督は「半年近くこの映画の取材を受けてきたけれど、音楽について指摘してくださったのはあなたが初めてです」と大喜びで深々とお辞儀をした。
そしてスイッチが入ったジェンキンス監督は、“原作で描かれている音楽”という制限から解放されティッシュを演じたキキ・レイン、ファニーを演じたステファン・ジェームスそれぞれに充てた曲を考えたこと。さらに、はじめはジャズを考えて管楽器で作成したものを弦楽器に変更するなどの試行錯誤を加えたことなど劇中音楽への飽くなきこだわりを熱弁。「映画音楽は時々、観客に感情を押し付けてしまう。けれどニコラスの音楽は、役者が演技で感じさせてくれることを音楽を通して増幅させて伝えてくれているんだ」と、確かな手応えをのぞかせた。
またジェンキンス監督は「今回の映画は70年代のハーレムで撮影された写真がインスピレーションになっている」と明かした上で「実は『東京物語』から影響された部分がある」と、小津安二郎監督の名作からもインスパイアを受けたことを明かす。「多くの場面で観客と目線を合わせてしゃべるシーンがある。観客のみなさんが登場人物たちと顔を合わせることで、映画という受動的な体験が能動的な体験に変わると考えている」と述懐。
そして「私自身も映画を通してアメリカ以外の文化を体験することができたから、みなさんにもアクティブな体験として、私や私の友人のようなアフリカ系アメリカ人の体験を味わっていただきたい。これは“映画の贈り物”です。みなさんを招待しているので、是非足を踏み入れていただきたいと思っています」とコメント。会場からは大きな拍手が巻き起こった。
取材・文/久保田 和馬