子どもは、いつだって“のび太の想い”に自分を託す【辻村深月×むぎわらしんたろう「映画ドラえもん」特別対談】
昨年公開された『映画ドラえもん のび太の宝島』が『映画ドラえもん のび太の日本誕生』(89)の動員記録を29年ぶりに塗り替えるなど、70年の原作連載開始より半世紀あまりが経過したいまなお子どもにも大人にも愛され続ける、日本の春の風物詩「映画ドラえもん」。1日より公開中の『映画ドラえもん のび太の月面探査記』も初日から3日間の累計で動員64万5000人、興収7億5700万円を突破して初登場1位を飾っている。
39作目となる本作の舞台は「映画ドラえもん」初となる“月”。月面探査機が捉えた白い影を「月のウサギだ!」と信じて主張するが、クラスメートたちに笑われてしまう。そこでドラえもんのひみつ道具「異説クラブメンバーズバッジ」を使って月の裏側にウサギ王国を作ることに。そんなある日、のび太のクラスに謎の転校生・ルカがやってきて…。
「これぞ、映画ドラえもん!」といえる壮大なスケールのオリジナル脚本に挑んだのは、本作で初めて映画脚本を手掛けた直木賞作家の辻村深月。辻村は藤子・F・不二雄作品の大ファンで、著書の章タイトルをすべてひみつ道具の名称にしたこともあるほど。今回はその辻村と、藤子・F・不二雄の最後のチーフアシスタントをつとめたむぎわらしんたろうとの対談を設け、二人に心を動かす物語の作り方、ドラえもんならではの魅力について前後編でたっぷりとお届けする。
今回はその後編として、特にこだわったという悪役の描き方、藤子が遺した“ドラえもんらしさ”への想いを熱く語ってもらった。
小説家が脚本を書く難しさ
――小説と脚本はだいぶ異なりますが、難しさはありましたか。
辻村深月(以下、辻村)「脚本と小説の違いはいろいろあると思うのですが、私が一番大変だと感じたのが、『尺』の有無です。小説は登場人物の心情やセリフを描くのに枚数を割けますし、長さも作品によってそれぞれ作者が決められる。でも映画の脚本はそうはいかないんですよね。限られた枚数の中で、効果的にセリフを入れていくのにはどうしたらよいか。小説以上にテンポのよさが問われたように思います」
むぎわらしんたろう(以下、むぎ)「僕は最終稿で拝読したんですが、辻村先生の脚本は、とても細やかに書かれていて、どういう情景なのかがすぐにイメージできる。八鍬監督も絵にしやすかったと思います」
辻村「情景を考えながら読んでくださるのは、むぎ先生がやはり漫画家さんだからですよね。実際に絵を描く方々からそう言っていただけるのは、すごく嬉しいです」
むぎ「キャラクターのセリフはどのように?」
辻村「そこはやはり、キャラクターの力にだいぶ助けてもらいました。藤子先生だったらどうするか、という視点には、私はやはりファンの立場なので、絶対に立てないんですよ。でも、『先生だったらどうするか』はわからなくても『ドラえもんだったらきっとこう言う』、『のび太だったらこうする』、というのが、小さい頃に『ドラえもん』を読んできたおかげでちゃんとわかる。藤子先生の作り出した世界観とキャラクターの厚みのすごさを感じました。あと、脚本ってドラえもんのひみつ道具みたいだな、と。たとえば、ドラえもんの『雑誌作りセット』というひみつ道具の中に『まんが製造箱』(てんコミ17巻「週刊のび太」収録)がありますよね?」
――マイクで内容をオーダーすると、リクエストどおりの漫画が出てくる道具ですね。
辻村「脚本って、ちょうどそんなふうにリクエストする感覚なんです。脚本上で『ミステリアスな月』って書くと、私はそれがどんな色かわからなくても、ちゃんと映画でミステリアスな月がアニメとしてできあがってくる。『のび太が転んだ』って書けば転んでくれるし、『ドラえもんが笑った』って書けば笑ってくれる。『あらかじめ日記』(てんコミ16巻「あらかじめ日記はおそろしい」収録)みたいな感じなんですけど、それがとても楽しかったです(笑)」
物語の「難易度調整」について
――辻村さんは以前、「ドラえもん」のハードSF的な側面が大好きだとおっしゃっていました。たしかに、藤子先生の「大長編ドラえもん」は、小さな子も読む作品にしては、けっこう高度な読み解きを要求する世界観が毎回提示されていましたね。
むぎ「どの大長編の世界観も、ちゃんと説明するとすごく難しくなってしまうところ、藤子先生はのび太レベルでも理解できるように解説するんですよね。難しい概念や仕組みを、巧みな図解を使ってわずかなコマ数で説明する。だから小さな子でも、ちゃんとお話についていけるんですよ。自分が描いたらいったい何ページ必要なんだろうと考えると、藤子先生は本当にすごいと思います」
辻村「今回の異説クラブメンバーズバッジにしても、もし私があの道具を考えついたとしても、それだけではいまのような形で映画のなかで使いこなすのは到底無理だったと思うんです。道具の説明が込み入りすぎて、きっと説明の段階でつまずいてしまっただろうな、と。けれど、藤子先生の原作(てんコミ23巻「異説クラブメンバーズバッジ」)がわずか数ページでのび太の体験を通して視覚的にもわかりやすく説明をしてくれたおかげで、そのまま映画に違和感なく溶け込ませていくことができました」