アカデミー賞作品賞『グリーンブック』ファレリー監督「笑いこそ、人をつなぐ人生の贈り物」
「期待を裏切らない男」というのはドクター・シャーリーを演じたマハーシャラも「まったく同じ!」と信頼感を寄せ、「マハーシャラは、まるでダライ・ラマのような人。聖人のような、心の清らかさを持った人だ。ものすごく落ち着いていて、軸がまったくブレない。最高のコンビネーションが叶ったんだ」と喜びを隠せない。そんなファレリー監督がとりわけ、トニーとドクター・シャーリーのシーンで心を動かされたのは「ドクター・シャーリーが初めて、もろさを表すシーン」だという。
「ドクター・シャーリーがあるトラブルに巻き込まれてしまい、トニーに謝罪するシーンがある。ドクター・シャーリーは『もうトニーは自分のもとを去ってしまうだろう』と恐れている。ドクター・シャーリーが初めてもろさを表す場面を、マハーシャラが素晴らしく演じてくれた。一方のトニーは困惑しているけれど、『心配するな、世の中は複雑なものさ』と声をかける。彼らのやり取りを見ていて、本当にものすごくいいシーンだと思った。ヴィゴとマハーシャラがその瞬間をリアルなものにしてくれたんだ。映画を撮っていて一番うれしいのが、紙に書かれていたはずのものが、命を吹き込まれてリアルなものとして目の前に現れた時。まさにそのシーンは、ズキンと来た瞬間だよ」。
「コメディばかり撮ってきたから、賞に絡むなんて初めてのこと。すべてがサプライズだよ」と口にするように、実話をもとにした感動ドラマはファレリー監督にとっての新境地とも言える。ファレリー監督自身「『僕にとっての初めての人間ドラマだ!』と意気込んで撮影に臨んだ」というが、「撮影に入ってみたら、役者さんたちの生み出すものから、笑いがたくさんあふれてきた。撮りながら『この物語、ものすごいユーモアがあるじゃん!』と気づいた。そういった意味では、これまで僕が作ってきた作品とあまり変わらないと思うし、いままでのコメディ以上にものすごく作りやすかった」と胸の内を語る。
笑いにこだわるのは、それが人生でもっとも大事なエッセンスだと感じているからだという。「“笑い”というものは、人生にハピネスを与えてくれるもの。お葬式に行って、悲しみながらも『こんなことがあったね』と笑いながら、故人を偲ぶこともあるだろう?僕は笑いこそ、人と人をつなぐ“人生の贈り物”だと思っている。僕の育った家庭環境のおかげかもしれないね。どんな時でも笑いの絶えない家庭だったし、なにより周囲の人が笑っているのを見ること以上に、最高なことはないと思っている」。
これまでの作品群を見ても、劇中にハンディキャップを持つ人々を登場させるなど、差別や偏見といったシビアな問題を愛と笑いと共に描いてきた。「人は、みんな同じ。話し合うことさえできれば、きっと共通点を見つけて、人と人はつながれると信じている」と力強いメッセージを送るファレリー監督。「僕はとにかく人間が大好きなんだ。いつも“すべてにオープンでいたい”と思っている。“自分とは違う”と感じる人に対して、閉じてしまうことは簡単。でもオープンにしていれば、予期せぬいろいろなことが起こるものなんだ。オスカーだって獲れちゃうんだよ!」とくしゃっとした笑顔を見せる。楽しく、温かく、優しく人を見つめる。ファレリー監督の人柄は、『グリーンブック』という映画そのもの。壁を乗り越えた先に見える友情、そして希望を、たっぷりと感じてほしい。
取材・文/成田 おり枝