ガス・ヴァン・サントが語る『ドント・ウォーリー』を監督して『ボヘミアン・ラプソディ』は断った理由
風刺漫画家ジョン・キャラハンの知られざる人生にスポットを当てた感動作『ドント・ウォーリー』(5月3日公開)のメガホンをとったガス・ヴァン・サント監督。実は約20年前、最初にこの企画を持ち込んだのは、監督の映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)に出演していたロビン・ウィリアムズだったという。時を経て、ようやく完成した本作を引っさげ来日したガス・ヴァン・サント監督を直撃した。
本作の主人公は、自動車事故により胸から下が麻痺し、車いす生活を余儀なくされたジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)。自暴自棄になり、酒浸りの生活を送っていたキャラハンだが、セラピストの女性アヌー(ルーニー・マーラ)との出会いや、禁酒会に参加することで少しずつ希望を見出しいく。やがて彼は、不自由な手で風刺漫画を描き始める。
ロビンがキャラハンの自伝「Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot」(89年出版)の映画化権を獲得したのは1994年だとか。ロビンは、乗馬中の事故で身体麻痺となった友人、俳優クリストファー・リーヴのために、この役を演じたい思い、ヴァン・サント監督に相談したという。それから脚本作りに入るも中断し、紆余曲折を経て、ヴァン・サント監督がようやく完成させたのが本作だ。
障がい者など、弱者を描く上で心がけていること
「最後に脚本家たちとこの映画について話し合ったのが2001年で、ロビンが亡くなったのが2014年だから、ずいぶん長い時間がかかってしまった。そのころ、僕は違うプロジェクトに入っていて、ロビンともだんだん会わなくなってしまっていた。当初は、脚本もいまの映画とは全然違うもので、キャラハンがメインの物語ではなかったんだ。そこから脚本を練っていって、いまの形に仕上がったよ」。
障がい者であるキャラハンだが、ヴァン・サント監督は決して憐憫の目を向けるような描き方はしていない。劇中で彼に接する少年たちも実に屈託ない表情を向けている。
「もちろん、いかにもかわいそうだというふうに描くこともできる。でも、同情されるだけのキャラクターにはしたくなかった。なぜなら、僕自身が彼らに同情しているわけではないからだ。僕の映画には、弱者やマイノリティがよく登場するけど、彼らが憐れだなんて思ったことはないよ」。
キャラハン役のホアキン・フェニックスとは、『誘う女』(95)以来のタッグとなった。「彼とはずっと連絡を取り合っていた。いろんな話をしていくなかで、今回の映画の話を振ってみたら、出演してくれることになったんだ」。
『ボヘミアン・ラプソディ』の監督を断った理由とは?
監督が全幅の信頼を寄せたホアキンの演技は実に味わい深い。実在したゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクを描いた『ミルク』(08)では、主演を務めたショーン・ペンにアカデミー主演男優賞をもたらしたヴァン・サント監督。監督が実在の人物を描く上で、心がけていることはあるのだろうか?
「僕のルールは、あまり良く知られてない人を描くということだ。そのほうがおもしろいから。また、たとえ名前は知られていても、風貌がわからない人がいい。その人の真似をしてもらう必要がないからね。だから、フレディ・マーキュリーの映画は、断ったんだ」と、『ボヘミアン・ラプソディ』(公開中)の話になった。
「他の役者が演じたフレディを、どう本物のように見せられるのかが、僕にはわからなかったからだ。でも、あの映画はとても上手くいったと思うし、彼らはとても良い仕事をした。きっと僕にはできなかったと思う。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17)なんかもすごくちゃんとした作品になっていた。そこにはきっと超えなきゃいけない障壁があったに違いないけど、彼らはそれを超えたんだと思う」。
憎しみや怒りを超えて人を許すということ
本作のテーマの1つに“許し”というものがある。それは、キャラハンが自分を捨てた母親や、自分が事故に遭った車を運転していた友人デクスター(ジャック・ブラック)に対しての憎しみや怒りにどう立ち向かっていくか、というかなりハードルの高い内容だ。このくだりは、映画ならではのオリジナルのエピソードだという。
「キャラハンが1番怒りを感じていたのが、事故を起こしたデクスターだと思う。でも、彼はそこも許そうとするし、そうやっていろんなことから自分を開放しようとするんだ。その演技については、ホアキンに任せた。というか、ホアキンにやってもらうからこそ、彼が感じたようにやるべきだと思ったよ」。
そこをいかにも美談として扱うのではなく、人間くさい感情のやりとりを通して、実にエモーショナルな感動を紡ぎ上げるのが、ガス・ヴァン・サント監督ならではのなせる技だ。『ドント・ウォーリー』は、観終わったあと、実に爽やかな余韻が味わえる珠玉の1品だ。
取材・文/山崎 伸子