水谷豊監督と岸部一徳が語る半世紀の絆。「傷だらけの天使」から『轢き逃げ 最高の最悪な日』まで
タップダンスで人生のきらめきを映しだした『TAP -THE LAST SHOW-』(17)で、鮮烈な監督デビューを果たした水谷豊。注目の監督2作目では作風をがらりと変え、初めて脚本の執筆にも挑んだ重厚なサスペンス映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』(5月10日公開)を放つ。並々ならぬ情熱で本作のメガホンをとった水谷監督と、前作に続き本作にも出演し、これまでも数多くの作品で水谷と共演してきた盟友の岸部一徳に、水谷組の魅力をうかがった。
大手ゼネコン副社長の娘、白河早苗(小林涼子)との結婚を控えた宗方秀一(中山麻聖)は、親友の森田輝(石田法嗣)を車に乗せ、結婚式の打ち合わせへと急ぐ途中で、女性1人を巻き込む交通事件を起こしてしまう。そのまま通報もせずにその場を走り去ってしまった2人だったが、その後、被害者の女性が死亡したことを知る。ベテラン刑事の柳公三郎(岸部一徳)と新米刑事の前田俊(毎熊克哉)が事件を捜査するなか、被害者の父親である時山光央(水谷豊)も、犯人探しに執念を燃やしていく。
水谷豊監督が見出した中山麻聖と石田法嗣への細やかな演出法とは?
主演の中山麻聖と石田法嗣は、450人を超える応募者の中からオーディションで選ばれた。水谷監督は2人の若手俳優と真摯に向き合い、本読みと入念なリハーサルを行った。その理由について水谷が「彼らが僕の目指すものにたどりついてほしいという想いだけでなく、彼らのチャーミングなところも知りたいと思いました」と言うと、岸部は「あそこまで丁寧に監督に教えてもらうということは、なかなかないです」と感心する。
その方法とは、本読みの時、彼らだけではなく水谷も彼らと同じ台詞を言い、すべてを録画したものを持ち帰ってもらう。さらに現場でも細やかな演出をつけていく、という徹底したやり方だった。
水谷監督曰く「俳優がそういうプロセスを踏んで台詞を言った時、自分の心が動いたら、もうモノマネではなくなるんです。それは僕自身が俳優だからこその演出かもしれない。映画を観た人から『あの若手2人、いいですね』と言われると、僕はとてもうれしい。でも、もしそう言われなかったら、それは彼らの責任ではなく、監督の責任なんです。でも、いいと言われたら、その評価は彼らのものになる。自分も若いころ、そういう経験をしてきたので、よくわかります」。
岸部は、自身の若いころを振り返り「僕が俳優として駆けだしのころ、テイク20とかまでやったりして、わからなくなった先に、気づけば役にたどり着ける瞬間がありました。いまはどちらかといえば、若い人に対して『好きにやれ』という場合が多いんです。でもそれは、自分自身でいいと思って動いているだけで、役としてやっていることではない場合が多い。俳優の個性まで引き出してくれる監督とはそうそう出会えないから、彼らはきっといい経験をしたはずです」と、水谷の演出に賛同する。
岸部一徳をうならせた、俳優兼監督の水谷豊
岸部は、ベテラン俳優がメガホンをとることの強みをわかっているようだ。「1つは現場のリズムがいい。キャストやスタッフを含め、現場でリズムをどう作るかというのは大切な点ですから。ずっと俳優でやってきている水谷監督だから、映像表現と、俳優の芝居としての表現とを両方わかっている。もちろん、俳優が監督する場合、プレッシャーもあると思うけど、逆に見られる快感もあるのではないかと。すべてを見られるわけですから」。
水谷監督は「そうですね」と思わず笑みをこぼす。岸部は「また、自分でも演じる役柄のイメージがつかめなくて、どこかを隠しながらやる時もあるけど、水谷監督にそれは通用しない。全部をさらけ出してやると、かえってそれがおもしろくなるし、楽しいってことにもつながる。僕は俳優という立場で参加しているけど、スタッフもそのおもしろさを感じているはず。なにもかもわかっている人と一緒になって楽しめるという感じです」とうれしそうに言う。
水谷監督も「楽しいですね」と岸部の言葉をかみしめる。「なにが楽しいって、現場が自分のイメージ以上になっていくことが、やっていてうれしいんです。キャストやスタッフそれぞれがすばらしい世界観をちゃんと持っているから。監督をやっていて、皆さんがすごいなと思います」。
続いて、岸部の魅力について水谷監督に問うと「オンリーワンです」と即答してくれた。「あの感じは誰にも出せない。そういう芝居が何シーンもあり、僕はそれを現場で目の当たりにするわけです。本当にすごいから、大変なシーンなのに、うれしくて思わず笑っちゃったりして。やっぱりオンリーワンだなと再確認するわけです」。
「傷だらけの天使」や「相棒」を経た半世紀近い絆
水谷と岸部のタッグと言えば、「相棒」シリーズの杉下右京と小野田官房長の絶妙なやりとりも記憶に新しいところだが、2人の縁は70年代からスタートしている。水谷が若きころに出演した伝説のドラマ「傷だらけの天使」のメインテーマで、ベースを弾いていたのが岸部一徳だったのだ。ザ・タイガースのベーシスト、サリーとしてその名を馳せた岸部について、水谷も当時は「一ファンだった」と、舞台挨拶で語っていた。
岸部が「当時、音楽をやっていましたが、まったく将来がわからなかった時期でした」と振り返ると、水谷は「実は、『傷だらけの天使』の最終回で流れる『一人』という曲は、一徳さんが作詩した曲なんです。僕もずっと知らなくて、『相棒』の撮影が始まってから、一徳さんに『あの曲、いいでしょ』と自慢したら『あれ、僕の詞だよ』と言われました」と思いだしたように言う。
同曲はゴールデン・カップスの元リーダー、デイヴ平尾が歌っていた曲だ。「井上堯之さんが作曲で僕が作詞で。でも、水谷さんとは1度も会ってないし、打ち上げにも呼ばれてないんです」と恨み節を吐くと、水谷は「打ち上げって!?」と顔を見合わせて笑う。
知り合ってから半世紀近くとなった2人は、今後もきっとすばらしいコラボレーション見せてくれるに違いない。岸部が水谷について「ただ気が合うから仲良しという関係ではなく、そこには尊敬できるものがちゃんとある。だから、プレッシャーもありますが、とにかく水谷さんとの仕事は楽しいんです」と言うと水谷も「確かに、ただ楽しいからという感じではないです。必ずちゃんとしないといけない、という想いはあります」と同意。
最後に岸部が、本作について「本来、映画の楽しさを感じられるのはこういう映画かもしれない。集中力があるというか。それは映画が娯楽のど真ん中にあった時代からずっと続いているものです」と賛辞を送る。
水谷も「僕は、子どもの時から映画が大好きで観てきて、いつも心を動かされてきた。今回は作る側になって、観る人の心を動かしたいという思いで作りました。でも、作品は観た人のものですから、自由に観てほしいなとも思います」と笑顔で締めくくってくれた。
取材・文/山崎 伸子