「映画はどこまでリアルに近づけるか」三上康雄監督が明かす『武蔵―むさし―』への思いとは?
溝口健二監督や内田吐夢監督といった日本映画史に燦然と輝く巨匠たちが描いてきた剣豪、宮本武蔵の物語を、史実に基づくオリジナルストーリーで描きだし、迫力の映像と共にその内面へと迫った本格時代劇映画『武蔵―むさし―』(5月25日公開)。このたび本作を手掛けた三上康雄監督に、本作に込めた思いや撮影の裏話を聞いた。
70年代から80年代前半にかけて“関西自主映画界の雄”と称された三上監督は2013年、自主映画時代に自身が手掛けた作品をセルフリメイクした『蠢動―しゅんどう―』で日本映画監督協会新人賞にノミネートされたほか、海外12か国で公開され、高い評価を獲得。時代劇に欠かすことのできない殺陣から映像、音楽に至るまで徹底的にこだわり抜かれた妥協のない作風は、多くの時代劇ファンから絶大な信頼を集めている。
――前作『蠢動―しゅんどう―』から6年、その時間をすべて本作に費やされたのですか?
「前作のあと、『俺は武蔵を撮るんだ!』という強い思いがありました。6年という長い時間が掛かったのは、武蔵という人物について丹念に調べていったり、取材に行ったり、ロケハンをしたりしていたからです。劇中に登場する滝をひとつ選ぶためにも、10何か所も見て回りました」
――それだけ細部にまでこだわり抜かれたということですか?
「そうです。手間暇かけることが、すなわち映画のリアリティを高めることにつながる。だから実際にロケーションで撮影をする。もちろん役者さんやスタッフ全員で行かなくてはならないので大変ですが、そのほうが映画に厚みが生まれると思います」
――なるほど。では、今回こうして宮本武蔵という人物を描いた理由を教えてください。
「若いころに剣道をやっていて、その時から武蔵が憧れの人物でした。“剣豪”であり“剣聖”と言われ、本当にそんなにすごい人がいたのか?実在した人物でこれほどすごい人物がいるのか?と疑問に思い、いつかこの人について解明しなければいけないと感じていました。“剣豪”でも“剣聖”でもない、人間としての武蔵を丹念に調べていく。それと同時に小次郎という人物も“紅顔の美少年”のはずがないだろうと思っていました。こうした本物の武蔵の物語を、映画で撮れるのは、剣道や殺陣、居合、武術を学んだ自分しかいない。すごく高い壁であるとわかっていましたが、試写会では、真実の武蔵を観た、とか、納得したという声を聞くことが出来、挑んでよかったと思っています」
――その“本物”への想いが武蔵の葛藤を描くことにつながったと?
「武蔵は父である無二斎を超えるために京にやってきて吉岡家の門を叩く。でも彼は勝ちたかっただけなのに、いつの間にかどんどん人を斬ってしまわざるを得なくなる。そこにドラマが生まれ、時代劇としてのおもしろさが出てくるのです」
――武蔵役を演じた細田善彦さんについて教えてください。「真田丸」などドラマでは時代劇を経験していますが映画ではこれが初めて。彼を配役した経緯は?
「最初に、小次郎役を松平(健)さんに決めました。とにかく最強の小次郎にしたかったのです。松平さんが画面に登場するだけで、観客は、たとえ武蔵であっても負けるのではと思ってしまう。そこで、‟チャレンジャーとしての武蔵“が必要だった。キャスト募集をしたら細田くんの事務所が手を挙げてきた。実際に彼に会ってみたら、すごくやる気に満ちた青年だった。殺陣の経験はないけれど、身体能力はあったので、撮影前の3か月間、みっちり殺陣の練習とジム通いをしてもらい、身体を作ってもらいました。「武蔵-むさし-」の細田君は、ぼくのイメージする武蔵です」
――監督から見て、細田さんは時代劇に向いている俳優だと感じましたか?
「俳優にとって大事なことは、役に取り組む姿勢だと僕は思っています。細田君は3か月間、身体を鍛え、撮影中は、毎夜、ホテルのぼくの部屋に来て、翌日の演技プランを話し合いました。その姿勢は立派だと思います」
――キャスティングと言えば、監督ご自身も細川忠興役で出演されていましたね。
「…(照笑)。細川さんをぼくが演じた理由はとても簡単で、忠興役となればそれなりの格のある俳優さんにお願いしないといけない。でも、格のある俳優さんならば見せ場を作らなくてはいけない。いっそ監督のぼくが出てしまえば収まりが良いと思ったからです(笑)。でも、松平さんや目黒さんと同じシーンだったので、撮影前に役者として素人のぼくと共演で、すみませんと謝りましたよ(笑)」
――(笑)。監督の現場は、基本的にテストと本番しかやらないとお聞きしましたが。
「そう、だから事前に準備を入念にしているんです。撮影前におひとりおひとりと役について時間をかけて話し合いをして、その登場人物の感情のすり合わせをするようにしています。なので、現場では一発本番に近い形で撮る。俳優さんも真剣勝負です。アクションについても同じです。俳優さんたちにじっくり練習をしてもらい、撮影前にリハーサルを徹底的にする。例えば一乗寺のシーンでは台本には“スポーツ中継のように撮る”と書いていた。現場ではカメラを3台使って撮影をしていて、そういう感じに出来たと自負しています」
――最後に、これからこの作品と出会う観客の皆さまへ一言お願いします。
「リアルな場所で、リアルな殺陣、そしてリアルな演技。“人は作り物には感動しない。映画はどこまでリアルに近づけるか”といった思いを胸に、自分の極限に挑んで作り上げた作品です。この思いに賛同していただいた役者さんやスタッフの皆さんも極限まで挑んでやっていただいた。その成果として、観てくださるお客さんの心に何かが届いたら、とてもうれしく思います。同時に、群像ドラマとして作っていますので、武蔵だけではなく、小次郎ほかのさまざまな人物の視点から観たり、あちこちに伏線をはっていますので、観るたびに発見があると思います。ぼくの尊敬するスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』と同じように2回、3回と観ていただきたいですね」
取材・文/久保田 和馬