バレエファン必見!桜沢エリカが、“美”にあふれた『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』を語る

インタビュー

バレエファン必見!桜沢エリカが、“美”にあふれた『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』を語る

名優レイフ・ファインズが構想20年を経て、映画化を実現した『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』が公開中だ。東西冷戦時代の1961年に、公演先のパリでソ連から亡命したルドルフ・ヌレエフの半生は、かつて映画『愛と哀しみのボレロ』(81)のモデルとなったほど、劇的なドラマ性に満ちている。

だがファインズ監督が魅せられたのは、同じアーティストとしての若きヌレエフの野心や葛藤であったという。バレエをこよなく愛し、著作に「バレエ・リュス ニジンスキーとディアギレフ」や「バレエで世界に挑んだ男[スタアの時代 外伝]」などを持つ、人気漫画家の桜沢エリカさんに、本作の見どころを聞いた。

バレエをこよなく愛す漫画家、桜沢エリカさんが『ホワイト・クロウ』を語る
バレエをこよなく愛す漫画家、桜沢エリカさんが『ホワイト・クロウ』を語る撮影/野崎航正

「ヌレエフは舞台上での求心力がずば抜けていた、そんな魅力を感じます」

バレエシーンに対する感想がまず飛び出すかと思いきや、「“伝説のダンサー”と言われるヌレエフの気難しい面も非常に繊細に描かれ、こういう人だったのか、と私も本作で知りました。当時のソ連での生きにくさ、亡命に至るまでの心の動きも丁寧に描かれていて、そうしたドラマ性が実に味わい深い」と語る。

ヌレエフは、パリ公演のために生まれて初めて祖国ソ連を出た
ヌレエフは、パリ公演のために生まれて初めて祖国ソ連を出た[c] 2019 British Broadcasting Corporation and Magnolia Mae Films

映画は、バレエ教師のアレクサンドル・プーシキンが、KGBから厳しい取り調べを受ける場面で幕を開ける。教え子のルドルフ・ヌレエフの亡命について、なにか知っていたのではないか、と。そして物語は23年を遡り、鉄道の車中でルドルフ・ヌレエフが生まれ落ちるシーンへと飛ぶ。桜沢さんは、「元々過去と現在を行き来しながら語られる構成が好きなので、そういう作り自体も非常におもしろく観ました。タタール系の人々が多く住む地域での彼の子ども時代の、貧しく厳しく美しい感じが、非常に上手く描かれていて…」と、監督の手腕を大いに評価する。

桜沢エリカさんによる、『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』コラボイラスト
桜沢エリカさんによる、『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』コラボイラスト

ヌレエフがなぜに“伝説のダンサー”と呼ばれるに至ったかについては、「すばらしいダンサーが出て来るたび、“ヌレエフの再来”と言われますよね。残された映像を観る限り、正直、飛びぬけて踊りが上手いとも、スタイルがいいとも言えない。でも、舞台上での求心力がずば抜けていた、そんな魅力を感じます」と語る。むしろ「本作においては彼の天才ぶりに感心するというより、ファインズ監督が演じるプーシキン先生が言う『みんなテクニックにこだわり過ぎているけれど、物語を語ることが大事なんだ。舞台を支配しろ』という言葉が響く人が多いのでは」と分析する。

ヌレエフを演じたのはカザン・タタール劇場のプリンシパルを務めるオレグ・イヴェンコ
ヌレエフを演じたのはカザン・タタール劇場のプリンシパルを務めるオレグ・イヴェンコ[c] 2019 British Broadcasting Corporation and Magnolia Mae Films

「ポルーニンが踊るシーンひとつとっても、映画を観る価値があると思います!」

桜沢さんがバレエに感じる魅力は「言葉がないこと」だそう。「どの国のバレエを観ても、字幕も翻訳機もいらない。あとは受け取る側の問題、というところがいいなと思うんです。踊り手が違うと同じ演目でもまったく別ものになるし、何度でも観たくなりますね。有名な演目で言うと、『ジゼル』でのジゼルとアルブレヒトの関係を、純粋な恋として演じる人もいれば、『ちょっと遊びたかっただけ』と悪いアルブレヒトとして踊る人もいて。振りは一緒でも、マイムが違うのでおもしろいですね。それにバレエは生ものなので、同じダンサーでも毎日完成度が違いますから。アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパル、マルセロ・ゴメスを迎えたマシュー・ボーンの『白鳥の湖』は、6公演観に行きました(笑)」。

「何度でも観たくなりますね」と、飽くなき魅力を持つバレエを語る
「何度でも観たくなりますね」と、飽くなき魅力を持つバレエを語る撮影/野崎航正

そんな桜沢さんに『ホワイト・クロウ』のバレエファンにとっての見どころを問うと、2つのポイントを挙げてくれた。「前評判通り、ヌレエフを演じたオレグ・イヴェンコのルックスが本当にヌレエフと似ていたことに、『本当だ、すごい!』と(笑)。踊り自体はヌレエフに近づけないとしても、監督の映し方が非常に上手いので、“ヌレエフっぽさ”を感じられる。ソヴィエト時代の窮屈で鬱屈とした感じ、自由に踊りたいという気持ちが、演技初挑戦の彼があまり演技をしなくても上手く見えるように、目力のすごさや表情の切り取り方が上手くて。また、民族舞踊系から入ったヌレエフの踊りには、洗練され過ぎていない鈍臭さがどこかある気がするのですが、イヴェンコにもそれが感じられて。そういうのって、演技で出せるものじゃないから、すごく適役だったんじゃないかな」と語る。

ポルーニン自身も“ヌレエフの再来”と話題を集めた過去を持つ
ポルーニン自身も“ヌレエフの再来”と話題を集めた過去を持つ[c] 2019 British Broadcasting Corporation and Magnolia Mae Films

さらに最大のポイントは、「ヌレエフの友人ユーリソロヴィヨフに、かのセルゲイ・ポルーニンが扮しているんですよ!もう、彼のバレエの美しさには、改めて惚れ惚れしました。バレエファンにとっては、ポルーニンが踊るあのシーンひとつとっても、映画を観る価値があると思います!たまらなかったですね」と目を輝かせる。

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