前田敦子が明かす女優と子育ての両立、黒沢清監督とのチャレンジングな“旅”を語り合う
『Seventh Code』(13)、『散歩する侵略者』(17)に続き、前田敦子と黒沢清監督にとって3度目のタッグ作となる『旅のおわり世界のはじまり』(公開中)は、2人が新たなチャレンジをした意欲作だ。ウズベキスタンでオールロケを行った本作には、これまでにない無防備でむき出しの前田敦子が映しだされている。前田と黒沢監督にインタビューし、本作での“旅”を振り返ってもらいつつ、未来を見据えた“はじまり”についても話を聞いた。
前田が演じたのは、いつか歌を生業にしたいという夢を持つ、テレビ番組のリポーター、葉子役。彼女はバラエティ番組のクルーと共に、巨大な湖に棲む“幻の怪魚”を探すべく、ウズベキスタンでのロケに参加した。見知らぬ土地で、異文化を楽しむ余裕なんて皆無な葉子にとって、唯一心のよりどころは、日本にいる恋人とのスマホのメッセージでのやりとりのみだ。そんな葉子が旅のおわりにたどり着いた境地とは?
本作の撮影後、結婚・出産し、女優としてだけではなくプライベートでも転期を迎えた前田と、客観的な視点を一切省き、ヒロインの主点からのみで物語を綴るというシンプルなアプローチをとった黒沢監督。映画の最後に挿入される『旅のおわり世界のはじまり』というタイトルが、まさに旅を終えた2人にとっての“はじまり”を象徴している。
「ウズベキスタンには、天使や神様がたくさんいた気がしました」(前田)
前田は、黒沢監督からのオファーを毎回快諾するそうだが、今回はオールウズベキスタンロケと聞いて、少し身構えたそうだ。「ウズベキスタンってどこだろう?と思い、まずは地図を見ました。いま思えば、なにも知らなかったからこそ飛び込んでいけたという気もします。黒沢監督作にまた出演できて、本当に幸せでした」。
黒沢監督によると、『Seventh Code』でのウラジオストクロケは、企画を持ち込んだ秋元康からの提案だったそうで、その時に感じた手応えが大きかったからこそ、今回の映画を前田にオファーしたと明かした。
「いろんな文化や風俗が渾然一体となっているウズベキスタンに前田さんが立つと、風景が前田さんを引き立て、また、前田さんも風景を引き立てるんです。決して溶け合わないのに、場所と人間の関係がそれぞれ際立ち、とてもいいんです。『Seventh Code』を撮る前までは、僕自身も前田さんと海外のマッチングについてあまりピンと来てなかったのですが、やってみて『なるほどな』と思いました」。
前田は、ウズベキスタンロケについて「町中を走るシーンや、道路を渡るシーンなどは、ほぼゲリラでした。一応、車は止めてもらっていたようですが」と言うが、黒沢監督によると「いや、実際には止められなかったんです」とのこと。「『いいところを見計らって、行ってください』となりました。ただ、危険はないというか、あまり無謀なドライバーはいなかったので、渡ってもらいました」。
劇中で、ベテランカメラマンの岩尾(加瀬亮)は、与えられた仕事を淡々とこなしていくが、時には現場へ行ってから予定されていたロケ撮影を断られるというハプニングもあり、ディレクターの吉岡(染谷将太)は苛立ちを募らせる。実際に、今回の黒沢組も、ロケ地や撮影内容の変更を余儀なくされたこともあったが、むしろ現地の対応はほとんどが好意的だったと、黒沢監督は言う。
「断られて大変だったということはほとんどなかったです。むしろ、いきなり行っても、わりと寛大に許してくれた。日本では、勝手に道路を渡るところを撮影すると、すぐに警官が来たりするんですが、ウズベキスタンでは、撮影隊をおおらかに受け入れてくれました」。
前田もうなずき「皆さん、本当に穏やかでやさしいんですよ」と、現地の人々の心遣いに感動したそうだ。「ある方のお家に撮影でおじゃましたら『頑張ってね』と言ってくださったし、川に入るシーンでは、目の前のお家の方が『すごく大変な撮影をしているのね。終わったら、家に足を洗いにおいで』と言ってくださったんです。あとでおじゃましたら、敷地の中央にさくらんぼの木があり、そこからさくらんぼを採って『どうぞ』と出してくれました。その時は、ここは天国なの?と思ったりして。天使や神様がたくさんいた気がして、嫌な思いをしたことは一度もなかったです」。
前田敦子は「周りから切り取られている特別な存在」(黒沢監督)
スクリーンでの女優、前田敦子の魅力について、賛辞を惜しまない黒沢監督。「前田さんは、ほかとは一線を引き、きりりと自立している感じがいいんです。日本人の若い女優さんで、パッと見ただけでそういうものが漂う人なんてほとんどいない。ご本人は『違う』とおっしゃいますが、僕からすると、周りから切り取られている特別な存在に見えます。それは強烈な個性ですし、女優としての演技力から来る力だとも思っています」。
黒沢監督はさらに「前田さんは、声がいいんです。それは最大の武器ではないかと」と、よく通る前田の声も絶賛する。「彼女は遠くでしゃべっていてもわかるし、映画で後ろから撮っていても彼女だとわかる。もちろん、演劇でも有利です。たいがいの俳優の場合、顔を見せればそのシーンが成立するのですが、後ろから撮ると個性が突然消えてしまう人もいる。そういう意味で、前田さんの声は、映画にとってもありがたいです」。
前田は、恐縮しながらも「よく、友達からも言われます。遠くにいても、声で私だとすぐにわかると」とはにかむ。