前田敦子が明かす女優と子育ての両立、黒沢清監督とのチャレンジングな“旅”を語り合う

インタビュー

前田敦子が明かす女優と子育ての両立、黒沢清監督とのチャレンジングな“旅”を語り合う


そんな前田の本作最大の見せ場が、夢と現実の世界が交錯するなかで、エディット・ピアフの名曲「愛の讃歌」を熱唱する2つのシーンだ。「ナボイ劇場」での交響楽団の伴奏に合わせた歌唱に加え、クライマックスでは標高 2,443mの山頂で、同曲をアカペラで歌い上げる。元AKB48のアイドルだった前田だが、クランクインの3か月前からボイストレーニングに挑んだ。

「歌い方がまったく違います」と言う前田。「とりあえず自分がやれることを、がむしゃらにやるしかないと思いました。私って、いつもどうにかなるかなと思って生きてきたタイプですが、今回、そう思ってはいけないと自分にムチを打ち、『これがいまの私の精一杯です』というものを出したいと思いました」。

「すごく幸せなのに、そこにどっぷり浸れない自分がいる」(前田)

いつか歌を生業にしたいという夢を持つ葉子
いつか歌を生業にしたいという夢を持つ葉子[c]2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

本作では、葉子が、いま自分のやりたいことができていない状態にあることについて、岩尾にぼやくシーンが印象的だ。そこで岩尾は、「自分も本当はドキュメンタリーが撮りたかったが、バラエティ番組チームに回された」と告げたうえで、彼自身はある意味、葉子のドキュメンタリーを撮れていると、前向きな発言をする。いま、監督として、女優として、第一線で活躍する2人だが、おそらく過去にそういった不満や焦燥感を抱いたことがあるのではないか。まず、黒沢監督に尋ねてみると「僕はずいぶん経歴が長いので、やりたいことができない時期を何度も経験してきました」と穏やかな口調で答えてくれた。

「ただ、思い起こせば『なにもやりたいことができない』とぶつぶつ言っていたことが、いまはちゃんと実現できているんだなとも思います。逆に、その時そう思っていなければ、いまできていないんだなとも考えるわけです。だから、やりたいことができないと悩むことこそ貴重な経験だし、幸せなことだとも思います」。

前田は、「いま、それを聞いて、なるほどなと思いました」と目からウロコといった表情を見せる。黒沢監督が「僕、いいこと言いました?」とおちゃめに笑うと、前田は「名言でした」とうなずく。

「そうやって思えたら人生は楽しくなりますね。いま、まさに、私がそうかもしれない。辛くはないし、幸せなんだけど、これからどうしようという不安が漠然とあります。人ってないものねだりだし、それもしょうがないのかな、と思いながら日々生きています」。

それは、女優業と子育てとの両立についての話だ。「変わるきっかけをどうやって作るのかな?とか、子どもとの関係をどうしていったらいいのかな?と、いろいろと考えてしまいます。男の子なので、きっと彼が大きくなってきてからわかってくることもあると思うので、いまは漠然と、なにかを待っている状態です」。

「前田さんは、今後も女優として、すごいことになっていく」(黒沢監督)

テレビのバラエティ番組のリポーターを務める葉子(前田敦子)
テレビのバラエティ番組のリポーターを務める葉子(前田敦子)[c]2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

前田は、母となったことで、女優業に対する向き合い方も変わってきたそうだ。「これまではなんでもOKだったのに、いまはそうじゃなくなっている自分がいます。例えば、いままで簡単にできたキスシーンも、今後はどうやればいいんだろう?とか、できればやりたくないなとか思ってしまって。それもしょうがないのかなと思いつつ、これからもこの仕事を続けていくなかで、いろいろと葛藤はあります。自分自身の気持ちが変わっていくことに驚きつつ、環境の変化も考えて、前へ進んでいるはずなのに、どこか立ち止まっているという不思議な感覚です」。

黒沢監督が、そんな前田にやさしく視線を落とし「幸せの真っ只中にいる感じですね。それはそれで、とてもすてきです」と言うと、前田は「よかったです」とほっとしたような笑みを浮かべる。

前田は「悩んでいるわけではなくて、なにか迷っている感じです。もともと先が見えない状況に置かれるのがあまり得意じゃないので。私はせっかちだから、自分のなかでなにかを決めておきたいんだと思います。でも、いまは1人じゃないし、子どももできたし、一緒にいる人のことも考えなきゃいけないから、自分1人では決められない。きっと時間が解決するということだとわかりつつ、考えてしまうのは、人間の心理なのかなと。これまで私は、“幸せ脳”に浸ったことがないのかもしれない。すごく幸せなのに、そこにどっぷり浸れない自分がいる感じです」。

人生の先輩である黒沢監督は「いまはどっぷり幸せに浸っていいんじゃないですか。でも、そのうち、幸せも飽きてきますから(笑)。そうなってくると、そろそろ辛い現場が恋しくなるんじゃないかなと。とはいえ、お子さんもいますし、何年後になるかはわかりませんが」と言うと、前田も「そうですよね」と笑顔を見せる。

黒沢監督は「前田さんは、今後も女優としても、すごいことになっていくんじゃないかな。そして、また、その場に僕が参加できていればうれしいなと思います。ほかの監督にやられるとしゃくなので、そこが難しいところなんですが」と、前田にラブコールを贈ると、前田は「いま、そうやって言ってもらえて安心しました。それだけでも幸せ脳に浸れそうです」と心から喜んだ。

ウズベキスタンでのロケを楽しんだという2人
ウズベキスタンでのロケを楽しんだという2人[c]2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

最後に、令和の目標を2人にうかがった。黒沢監督は「いくつになっても、これまでやったことのない新しいものをやっていきたい」と、常に目線は前を向いている。「具体的にはまだここでハッキリと言えるものがないのですが、僕が唯一やったことがないのが時代劇というか、現代ではない過去の時代の物語を1度は撮ってみたいです。『一九〇五』でやるつもりだったけど、叶わなかったので」。

『一九〇五』とは、中国と日本の歴史的関係を扱った、黒沢監督による日本・中国合作映画だったが、社会情勢などを鑑み、製作中止に追い込まれた。「時代ものは、前田さんでかつてやりたいと思ったものの1つですが、いつか実現させたいです」。

前田は「いままでの私とは違う生き方をしたいとは、ずっと思っています。ただ、いまは、自分から道を作っていくというよりは、なにかを待ってる感じです」と答えてくれたが、その表情は、実にすがすがしかった。

きっとこのあと、2人による4度目のコラボレーションが実現するに違いないが、まずは令和1本目となる『旅のおわり世界のはじまり』を楽しんでほしい。

取材・文/山崎 伸子

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