恒松祐里が触れた、香取慎吾の優しいオーラ。注目女優の武器は“どんとこい”精神!
白石和彌監督が香取慎吾を主演に迎えた映画『凪待ち』(6月28日公開)で、20歳の若手女優、恒松祐里がキラリとした存在感を発揮している。7歳から子役としてこの世界に飛び込み、「“どんとこい”精神で、突き進んでいます」と力強く女優道を歩んでいる彼女。「白石組の皆さんは、ものすごくエネルギッシュ!」とものづくりの醍醐味を実感している様子だが、「香取さんの出す優しいオーラが、私にとって美波役を演じる助けになった」と香取からも刺激をたくさん受けたという。恒松を直撃し、香取と過ごした日々や、女優としての“武器”までを語ってもらった。
本作は『孤狼の血』(18)、『麻雀放浪記2020』(19)など次々と話題作を手掛ける白石監督と香取が初のタッグで挑み、『クライマーズ・ハイ』(08)の加藤正人が脚本を手掛けたオリジナル作品。宮城県石巻市を舞台に、毎日をふらふらと無為に過ごしていた男、郁男(香取)が、次々と襲い掛かる絶望的な状況から、自暴自棄になっていく姿を描く。恒松は、郁男の恋人である亜弓(西田尚美)の娘、美波役を演じている。
「これまでの美波がどんなふうに生き、過ごしてきたのかを感じたかった」
美波は学校でいじめにあった経験から、不登校になってしまった少女という役どころ。「明るい性格の女の子を演じることが多かった」という恒松にとって新境地となるが、クランクイン前からじっくりと役と向き合ったという。
「私もクランクイン前にはあまり人と会わずに、ゲーマーのような生活をしていました。『モンスターハンター』で狩りをしたり、肉をはいだりして過ごしていたんです(笑)」と大きな笑顔で、「石巻に関する本を読んだり、西田さん演じるお母さんが『ある島の海が好きだ』という設定もあったので、その島が写っている写真集を探したりもして。渋谷の本屋さんで買って、それからは海の写真をながめてお母さんのことを考えたりしていました」とあらゆるピースを集めて、美波を探し求めた。
「私が美波の人生を生きるのは、撮影期間の約1か月だけ。美波はそれまでどんなふうに生き、どんなふうに考えてきたのか、できる限り感じたいと思っていました。ここまで本格的に、役のためにいろいろなものを集めたり、同じ過ごし方をしたりしたのは『凪待ち』が初めて。すごく楽しかったですし、とてもいい経験になりました」と充実の表情を見せる。
「香取慎吾さんのお芝居には、説得力がある」
ギャンブル依存症の郁男。恋人の亜弓を何者かに殺され、次第にどうしようもない状況へと陥ってしまう。美波は、そんな郁男にとって癒しとなるような存在で、親子のような、友だちのような関係を築いていく。香取との共演に、当初は「緊張していた」という恒松だが「香取さんはいつも、ものすごく自然体な方なんです。郁男と美波のような関係性に、すっと入ることができました」と明かす。
「香取さんとの最初のシーンは、郁男が運転する車で、一緒に石巻に向かうシーンだったと思います。最初は緊張していたんですが、撮影の合間に香取さんが世間話をしてくださって。2人で『車のなか、暑いね』『クーラーのスイッチどこだろう』なんて言いながら、気づいたら緊張はほどけていました。香取さんは、お兄ちゃんのような感じの方。すごく自然体で接してくださった」と感謝しきり。「ちょうど香取さんが、ルーブル美術館で個展を開く時期と撮影が重なっていたんです。私も絵を描くのが好きなので、『絵を描く時ってどういうことを考えていますか?』とか、いろいろなお話をしていました」と心地よい時間を過ごしたそうで、こんな裏話も教えてくれた。「香取さんは、撮影期間中に『パンプアップした』とおっしゃっていました!郁男は、いろいろな人に羽交い締めにされるんですが、香取さん曰く、その抵抗する力で鍛えられたみたいで(笑)。日に日に筋肉がすごくなっていました」。
役者としての刺激もたっぷりと受けたという。「香取さんはどんな行動、お芝居をしても、説得力がある。さすがだなと思いました。香取さんの出す優しいオーラが、私にとって美波役を演じる助けになったんです。完成作を観て驚いたのは、ギャンブルをしている時の郁男の表情。美波の前では見せたことのない表情で、アップになった時はゾクッとしました」。
「オーディションに落ち続けたこともあります。強さも身につけてこれたのかな」
白石組で感じたのは、「皆さんエネルギッシュでプロフェッショナル」というものづくりの楽しさだ。「泣くシーンの後では、メイクさんがティッシュをくださったんですが、いろいろな種類のティッシュがあって『どのティッシュが1位か選手権』をやったりして(笑)。美術部さんは、『母親が亡くなった後の美波の気持ちを作るうえで、参考になると思う』と言って、ある詩を教えてくださった。楽しみながらも、いい作品をつくろうという活気にあふれているんです」。
『くちびるに歌を』(15)、『ハルチカ』(17)などの青春ストーリーでめきめきと頭角を現し、宇宙人を演じた黒沢清監督作『散歩する侵略者』(17)では、キレキレのアクションを披露して、観客の度肝を抜いた恒松。『凪待ち』でまた新たな扉を開き、いま最も注目すべき若手女優の一人となっている。
女優としての転機は「『くちびるに歌を』は大きかったです。初めての大きな現場で、初めての大きな役を1か月も経験した作品。おもしろい人たちが集まって、一つのものを作りあげる時間がものすごくステキに思えて」と語り、「女優さんのお仕事って、みんなで作りあげる時間も醍醐味だし、“自分との戦い”だというところも好きなんです。私の人生はそんなに劇的なことなど起こらないですが、役としてはたくさんの感情を味わうことができる。『あの感情は知らなかった、すごかったな』という瞬間って、いまでも覚えているもので。この前はできなかったことが、今度の現場ではもっと上を目指せたと思うと、ものすごい快感でもあります。ある意味、中毒ですね(笑)」と演じることに夢中だ。
女優としての武器を聞いてみると、「どこなんだろう!」と思案しながら、「器用すぎてしまうところ」という答えが返ってきた。「やっぱり小さなころからお芝居をしてきたので、『こういう時はこうすればいいかな』と器用にやろうとしてしまう時があって。でもそれって短所でもあるんですよね。それはいまの課題です」。また「私、強すぎちゃうところがあって。どんな役でも、どんとぶつかっていこうと思う。長いことこのお仕事をやらせていただいて、オーディションに落ち続けたこともあります。そうやって強さを身につけてこられたのかな。“どんとこい”精神で突き進んでいます」とキラキラとした瞳で語る姿が、なんとも頼もしい。しっとりとした美女でありながら、素顔は屈託ない笑顔を弾けさせる20歳。彼女の強さ、柔らかさ、優しさがギュッと詰め込まれた『凪待ち』で、ぜひ恒松祐里の魅力を感じてほしい。
取材・文/成田 おり枝
武久真理江