「機動戦士ガンダム」安彦良和が語る、“封印された超大作”『ヴイナス戦記』が放つメッセージ

インタビュー

「機動戦士ガンダム」安彦良和が語る、“封印された超大作”『ヴイナス戦記』が放つメッセージ

巨匠・安彦良和が、“封印作品”の真実を明かすロングインタビュー後編!
巨匠・安彦良和が、“封印作品”の真実を明かすロングインタビュー後編![c]学研・松竹・バンダイ

「機動戦士ガンダム」シリーズのキャラクターデザインを担当し、漫画家としても数多くの賞に輝く安彦良和が原作・監督・脚本・キャラクターデザインを務めたSFアニメ『ヴイナス戦記』。1989年の公開以来30年間にわたり安彦監督の意向により封印され、アニメファンの間で“幻の名作”と語り継がれてきた本作がついにその封印から解き放たれ、デジタル・リマスター化されてブルーレイ特装限定版として2019年7月26日(金)に再臨する。

ヒロは現実に怒りを爆発させ、戦いに身を投じるが…
ヒロは現実に怒りを爆発させ、戦いに身を投じるが…[c]学研・松竹・バンダイ

物語の舞台は人類の移住から70年以上が経過し、大陸を二分する自治州同士の戦争と温暖化の危機にさらされた金星。現状への怒りを爆発させたヒロは仲間たちと共に立ち上がり、戦場へと飛び込んでいくのだが、そこで非情で残酷な戦争の現実を目の当たりにすることに…。

公開から30年を経た本年、満を持してデジタル・リマスター化された本作は、上映イベントやAbemaTVでの無料配信などで長年待ちわびたファンのみならず、その全貌を知るすべもなかった若いファンをも魅了。大きな話題を集めることになった。

Movie Walkerでは、長きにわたる沈黙を破った安彦良和監督のもとを訪ね、ロングインタビューを敢行。“封印”の真相から、作品に込めた知られざる想いまでを前後編で語ってもらった。今回は、その後編をお届けする。

原作とは違うメカたち

71歳の現在も精力的に活躍する安彦良和監督
71歳の現在も精力的に活躍する安彦良和監督

ーー漫画家として、本作まではSFテイストの漫画を描かれていましたが、それ以降は趣が変わっていきますね。

「アニメーションとの関係を切ったので。もう「アニメの企画になるようなものを」なんて言わなくても良くなったので、自分が描きたい物をと。『ヴイナス戦記』はモロ、アニメを想定して描きだしていますから」

ーーとはいうものの、漫画で描かれているデザインをそのままアニメには使っていませんね。

「それは『アリオン』で失敗したなと思って。『漫画はこうだけど映画はどうする?』と。同じ映像化でもつまらないし、まったく違うと『原作は?』となってしまうので、結構苦しんだんです。それで小細工してみたけど、結局小細工は小細工。だから『ヴイナス戦記』では、原作はあるけどそれは置いといて作ろう。映像化のための原作だからこれは踏み台にしていいんだと」

ーーそれで、デザインも若手スタッフさんにお任せすることに。

「こっちはデザインにもまるでこだわりがなくて、まったく違う物になってもいい。むしろ違うものにして欲しいとお願いしました」

ローリングゲームで活躍する“モノバイ”
ローリングゲームで活躍する“モノバイ”[c]学研・松竹・バンダイ

ーーモノバイ(一輪バイク)が良い例ですね。

「横山(宏)さんはそれ以前から『この人の絵は好きだな』と思っていて、お願いできることになって『好きにしてくれ』と言ったら1輪車になったんですよね。原作と同じ3輪というのも小回りが出来なさそうだし、2輪はマニアックな世界があるのでね。だから1輪という嘘っぽいのは良かったんじゃないかな。こだわりが消滅するので。それにしても大幅に変えやがって(笑)」

ーーモノバイは立体も作られたとか?

「横山さんは決まって立体を造るんです。だから『理にかなったデザインだよ』と彼は言っていました。立体があるというのはアニメーターにとっても嬉しいですね。小林誠くんがデザインした(イシュタル軍の巨大戦車の)タコにも立体があるんです。制作プロデューサーが『タコの立体ができました』って見せに来たんです。大きさは25cmくらいかな。あれも完全に原作漫画を無視してやってもらって…。もちろんデザインにOKしたから出てきたんですけど、面白いですよね。でも、立体を見た時はショックでした。板の上にぐちゃ〜とくずれた粘土細工みたいなのが乗っていて。『何これ?』って(笑)。」

全長92メートルを誇る巨大輸送機“ドンガメ”
全長92メートルを誇る巨大輸送機“ドンガメ”[c]学研・松竹・バンダイ

ーー『ヴイナス戦記』でのメカを描く時のポイントは。

「専門のメカデザイナーもいない時代からやっていますから、メカが特別だという気持ちはないんですね。ただ、途中からメカ表現がマニアックになってきて、そうなるとやっぱり専門職に任せないと駄目だということになり、(僕の作品としては)それがやっと『ヴイナス戦記』で実現したんです。だから、これは佐野(浩敏)くんという…僕がビデオを観まくって見つけた人材ですから、もう彼に任せるしかない。彼は相当悩んで根をつめてやってくれましたので、上手くいったと思います。彼が黙々とやってくれているのを『うちのメカ作監、頑張ってくれているな。嬉しいな』と思って見ていました」

音楽と声優

ーーED曲について伺えますか?

「柳ジョージさんはさばけた方で、僕が『柳ジョージさんっていいんじゃない?』と言ったら、音楽プロデュサー経由で『なら、勝手に俺の曲を使いなよ』と。あの曲『明日への風』(1989年4月発売のアルバム「WANDERER」に収録)は、いただいた曲のなかから『これいいな』と選んだんです。だから曲に合わせて絵コンテを描いたんだと思います」

ーーほかにもボーカル曲が2つ(山根えい子「灼熱のサーキット」、北原拓「ヴイナスの風(Wind On The Venus)」)本編中に使用されています。

「挿入曲を入れますよというのは久石さんも了承してくれました。ただ『劇伴と混ざるようなことはしないでください。それならどうぞ』と言ってくれたと思います。そうしたら、ありがたいことに久石譲さんが(挿入歌の作・編曲を)やってくれてね」

ヒロの声を務めたのは、少年隊の植草克秀
ヒロの声を務めたのは、少年隊の植草克秀[c]学研・松竹・バンダイ

ーーヒロを演じた植草克秀さんについて何か覚えていらっしゃることはありますか?

「アイドルということもあり、多忙だったので抜きで録りました。ただ、絡みの女優さんが二人くらい(マギー役の水谷優子さん、スウ役の原えりこさん)立ち会ってくれたのかな。凄く良かったです。いわゆる、言葉は悪いけど、悪擦れしていないという。声優は器用だけど擦れていますから。そういう意味では新鮮で良かったし、キャラにも合っていました」

「有名人の起用については、これは言っちゃうと話題作り。それと声優経験のない人を使うのも結構いいんじゃないかと。僕はもともと違う畑の人をいかにも話題作りで呼んでくるのは嫌いだったんだけど、今回は敢えてやろうと。学研さんには悪いけど、まったく心細かったんです。だからなにかしないとメディアが食いついてくれない。それで今回はミエミエでもいいからビッグネームを使おう。ただギャラがあるかなというのは心配でした(笑)。どのくらい高かったのかは未だに聞いていないです。制作予算は最初に学研から言われた2億円という枠があって、それを上手く使いきる。赤字になったら僕の借金になるわけで…。赤字が残って僕が苦しんだというのはないので、上手く収まったんだと思います(笑)」

反抗と戦争の危うさ

「ヒロには反抗心しかない」と分析し「そういう人間に対して共感してもらえれば」と語った安彦監督
「ヒロには反抗心しかない」と分析し「そういう人間に対して共感してもらえれば」と語った安彦監督[c]学研・松竹・バンダイ

ーー作品のなかで描かれている若者の閉塞感といった部分は、30年経ったいまの方が、より身近に感じてもらえるのかなと思います。

「冷戦時代とは違った閉塞感というのがいまはありますよね。僕は歳を取ったからあまり関わることはないんだけど、いまの若い連中は大変だと思います。これをなんと表現したらいいのか…。繋がりとか情報過多の世相とか、相対的に息苦しさみたいなものを醸しだしているんではないか。人間関係にしても。そういう意味での閉塞感ですよね。あとは若い人たちが自民党を好きだという。若い時は格好つけでもいいから反抗的になれよと思うんだけど、昔とは違うね(笑)」

「『ヴイナス戦記』は、終わりがハッピーなのかアンハッピーなのか分からない。終わりにビックリなサービスもない。ただ、みんな始めと終わりで変わっていく。それをどう表現するか、どう受け止めるかはそれぞれ勝手になさって結構ですよという、そんな作りになっています。基本にあるのは、反抗的、尖っている。失礼かもしれないけど、その尖りがいまの若い人には失せているのかな。逆に、友達からメールが1時間来ないとか、そんなことを気にしたり…。そういう意味での閉塞感は、いま特有なのかなと思います。ヒロなんて反抗心しかないですから。ほかはなにもない。ただツッパっているだけ。無責任な言い方だけど、そういう人間に対して共感してもらえればと思います」

「ただ、僕は『時代がそんなに悪いのか?』という気はするんです。悪い時代ってこんなもんじゃないですからね。就職率もちょっとは良いようだし。なんだかんだいって物はあるしね。戦争に引っ張られることもないし」

タイトルにもなっている“戦争”の描き方には、特に気を配ったという
タイトルにもなっている“戦争”の描き方には、特に気を配ったという[c]学研・松竹・バンダイ

ーー“アニメのなかで戦争を描く”ことについて伺えますか。

「自分なりに気をつけたつもりなのは、面白いことがないから『戦争でも』という無責任さが忍び込んできそうな物語ではあるんです。実際に似たものもあると思います。それは非常にまずい。スウの描き方にしても、ジャーナリストの卵と言いながらも最初は軽薄な感じなのはハッキリ言って否定の対象だから、最後に彼女は一皮剥けるわけで。だから『これは肯定しないよ』という、武器を見つけてはしゃぐ連中が急速にしなびていくというあたりも、一応計算していますしね」

「ただ、サブカルチャーにはちょっと危険な側面がある。現実と混同しちゃって、軽さのなかで問題提起と逆に危なっかしいアジテーション的な信号を発しちゃったりすることもあるんですよね。それはあっちゃいけないなと思っていました。それに、ある面で『戦争はカッコイイよね』『ドンパチが一番派手でいいや』みたいな(風潮に対する)商売的な読みというのもあるんです。でもこれは描き方を気をつけないと。ハッキリ言って難しい部分ですね。サブカルというのはそんなに良い子ではないから、それが欠損している作品も現実にある。それと一緒になっちゃうとマズイなと、世代的なこともあるし。かなり気をつけたつもりなんですけどね」

30年という時を超えて…

取材場所となった安彦監督の仕事場には、貴重な原画がチラホラ
取材場所となった安彦監督の仕事場には、貴重な原画がチラホラ

ーー封印の理由となったマイナスの思い出だけでなく、ちゃんとプラスの思い出もしっかりあるのが伺えて良かったです。

「言い方には問題があるかもしれないけど、封印していて(いま改めてリリースできて)良かったなと思います。これが中途半端な成績になっていて普通にパッケージになっていたら『ああ、そんな作品もありましたね』で終わっているかもしれませんよね。今回どのくらいの方の目に触れるのかは分かりませんが、色んな意味で『30年前にこんなことをやっていたんだと』新鮮な感じで伝わりますから。フィルムのことではないですが、綺麗なイメージをそのまま。なかなか出来ることではないですよね(笑)」

ーー改めて、今回のパッケージ化で新たに観てくださる方たちへ一言いただけますか。

「いつも言うのは、アナログ最後の時期のアニメなんです。その時代の熱気を観る人に感じて欲しいなということと。再三話しているように、閉塞した時代を描いています。そこには背景というのがあり、冷戦時代の最後の時期というのがあって。いまもなんだかんだいって若者は閉塞状況のなかにいると言われる。そういう30年を隔てて、似たような状況というのがあって、若者の在り方というのがいまも昔も問われているんだよね。当時、こんなふうに若者を描いたというのをいまの現役の若者たちに観てもらって、何かを感じて欲しいなと思います。ものすごく単純にいっちゃうと、反抗的であるということの意味ですね。閉塞した状況のなかで反抗的に生きる若者、それしかない内容ですから」

「我々みたいな老人もそうだけど、ハッキリいって反抗的な若者って困っちゃうわけです(笑)。若者は素直な方がいいんです。反抗なんてしてくれるなよと思うんだけど、でも、イイ歳になって反抗的というのもあれだし。若者ってのは反抗的でいいんだって気がするんです。非常に無責任なアジテーションになっちゃうかもしれないけど、『若い時くらい反抗的になれよ。ただ、俺の見えないところでやってくれよ』と(笑)。できれば格好良くね」

『ヴイナス戦記』は7月26日(金)発売!
『ヴイナス戦記』は7月26日(金)発売![c]学研・松竹・バンダイ

取材・文/小林 治

『ヴイナス戦記』Blu-ray特装限定版
発売日:2019年7月26日(金)
発売元:バンダイナムコアーツ
税抜価格:7800円
カラー/103 分/(本編約100分+特典約3分)/リニアPCM(ドルビーサラウンド)/AVC/BD50G/16:9<1080p High Definition>
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