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「『真実』と『ジョーカー』は無関係ではない」是枝監督最新作と2019年の映画地図

インタビュー

「『真実』と『ジョーカー』は無関係ではない」是枝監督最新作と2019年の映画地図


では、『真実』が2019年に作られ、各国の映画祭で上映されることはどんな意味を持つのだろうか。映画の企画自体は2015年から動いていたが、制作に入ったのは2018年の秋。折しも、多くの是枝作品に出演し、時に監督の背筋を正し、時に辛辣な世間批判を繰り広げる相手だった樹木希林さんが亡くなった直後のクランクインだった。

「『真実』は、明るい読後感(鑑賞後感)の映画にしようと最初から決めていたんです。2015年から動いていた時からそう思っていたんですが、いま思うと、(2018年秋の)自分がそういう時期だったんだと思います。空を見上げて終わる映画にしたかった。僕がそういう読後感を欲していたんだと思います。どんな映画も、あとで振り返ると偶然なんだけど、生まれるタイミングを見て生まれて来ているような気がします。不思議なものですよね」

クランクイン当時を語る是枝監督
クランクイン当時を語る是枝監督photo L. Champoussin [c]3B-分福-Mi Movies-FR3

是枝監督が「読後感」と言うように、フランス語で語られるセリフを監督自身が監修した字幕で読んでいると、いつもの是枝映画を観ている感覚になる。フランス語が聴きなれないせいか、食事のシーンや家の中での些細な生活音など、状況音が立っている気がした。

「録音は、(ジャン・ピエール&リュック=)ダルデンヌ兄弟の作品を多く手掛けているジャン・ピエール=デュレにお願いしました。彼は状況音をできるだけ取り入れていく音作りをする人でしたね。映画の制作過程において最も時間をかけたのは編集。会話のシーンを編集する際に、カットバックでセリフのどこで切ったら気持ち悪く感じるのかを、フランスのスタッフと徹底的に話し合いました。日本語だと感覚でわかることだけど、フランス語の場合はネイティブの感覚を信じるしかないので」。

カナダにはフランス語圏と英語圏があり、トロントは英語圏だが多くの市民が2つの言語を理解できる。トロントの英語字幕の上映でも笑いが頻繁に起きていたので、間の取り方やカットバックはうまくいっていたようだ。

『真実』の物語は、フランスの大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、半生を綴った自伝を出版するところから始まる。出版祝いに家族と共にアメリカから駆けつけた娘のリュミエール(ジュリエット・ビノシュ)には、母親に対して腹の底で煮えたぎる想いがあった。リュミエールは、急に辞めた秘書の代役として数日間を母親と過ごすうちに、世間と自分自身が作り上げた“ファビエンヌ像”に閉じ込められた母親の姿を見るようになる。

是枝監督の『誰も知らない』(04)をフェイバリット作品に挙げるジュリエット・ビノシュからのラブコールに応え、もともと戯曲用に書いていた草稿をカトリーヌ・ドヌーヴとの母娘に置き換えたという。

「ドヌーヴさんも、『誰も知らない』と『歩いても 歩いても』が好きだと言っていました。この2本はありがたいことに、海外で好きだと言ってくださる方が多いです。バリー・ジェンキンス監督やポン・ジュノ監督も『歩いても 歩いても』が好きだと言っていました。特に韓国では、『なにも起きないホームドラマは韓国では映画として成立しない』とびっくりされます。なにか起きないと映画にならない、とみんな思っているのでしょう」。

“家族”を媒介に物語を紡ぐ是枝作品
“家族”を媒介に物語を紡ぐ是枝作品photo L. Champoussin [c]3B-分福-Mi Movies-FR3

実際のところ、是枝作品はなにも起きないわけではない。リュミエールが母親の自伝の矛盾点を一つ一つ検証して、責め立てれば法廷サスペンスのような映画になるだろうし、『歩いても 歩いても』の樹木希林は、腹の底にずっと消化しきれない想いを抱いていて、フィジカルな復讐を描けばホラー映画にもなりうるほど怖かった。だが、是枝監督があえて世の中の最も小さな社会共同体である“家族”を媒介に物語を語るのは、ミクロな視点で世の中に起きていることを捉え、各自の生活に持ち帰ってもらうためなのではないだろうか。だから、是枝監督が『真実』について語ることは、世界の映画界が、いまどんなことを議論し、どこに向かおうとしているかを考えることと無関係ではない。映画祭とは、作り手と受け手が「いま、なぜ、この題材を描いたのか?自分はなぜこの映画に惹かれたのか?」を相互に問う場なのだ。『真実』を1本の映画としてだけでなく、2019年に世界で観られた映画としてどう捉えるか。そこに是枝監督の言う“映画の豊かさ”が生まれるのだろう。

取材・文/平井伊都子

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