【レビュー】救いのなさこそが受け止めねばならない“現実”…『家族を想うとき』に込められた巨匠の思い

コラム

【レビュー】救いのなさこそが受け止めねばならない“現実”…『家族を想うとき』に込められた巨匠の思い

初期作『ケス』(69)が代表作の一つとしていまだ挙げられながら、自身の“一番の傑作”を更新し続ける、恐るべきイギリスの巨匠ケン・ローチ、83歳。前々作『ジミー、野を駆ける伝説』(14)の後、思わしくない体調からか引退を表明したが、それを翻して撮った前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)は、彼の数々の名作群の中でも、ひときわ輝ける傑作であった。本作で2度目のカンヌ国際映画祭パルムドールを手にしたローチは、“怒り”の火をそのまま燃やし続け、本作『家族を想うとき』(公開中)を撮り、引退宣言が嘘だったかのように生気を吹き返している。

83歳にしてなお、世界中に行動を起こそうとメッセージを投げかけるケン・ローチ監督
83歳にしてなお、世界中に行動を起こそうとメッセージを投げかけるケン・ローチ監督[c] Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

長年にわたって、社会が抱える問題に向き合ってきたケン・ローチ

社会派映画は多々あれど、ローチほど手を緩めずに、過酷な環境に生きる労働者階級や移民、時には犯罪者らの暮らしや苦労を克明に描いてきた監督はそうそう見当たらない。しかも、近年の作品になるほど、その演出は温かくユーモラスで、かつ軽やかにそれらが活写されている。しかし、だからといって登場人物が救われる結末には、初期作から一貫して安易に流れない。むしろ救いのなさこそが受け止めねばならない“現実”だと言わんばかりに、観る者にグイと突き付ける。我々は怒りと共に、どうしようもない焦燥に駆られる。必死で最後の一線から落ちまいと踏ん張る主人公らに、心を寄せずにはいられないからだ。

【写真を見る】一組の幸せな家庭が生活のための“仕事”で次第に引き裂かれていく…
【写真を見る】一組の幸せな家庭が生活のための“仕事”で次第に引き裂かれていく…[c] Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

そして最新作『家族を想うとき』も、見事に“いまならでは”の社会システムや新たな労働形態を背景に敷き、その犠牲となった一家がもがき奮闘する姿、それによって家族関係や“最低限度の健康で文化的な生活”が崩壊されていく様を、リアルに、だがエネルギッシュに映しだしていく。

家族を守るはずの“仕事”が家庭を引き裂いていく『家族を想うとき』

英ニューカッスルで暮らすターナー家の父リッキーは、マイホーム購入の夢を叶えるため、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立する。母アビーはパートタイムの介護福祉士。なかなか家に帰れない両親をもつ16歳の長男と12歳の娘は、寂しい思いを募らせていく――。

一家の大黒柱リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意
一家の大黒柱リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意[c] Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

良かれと思って独立したハズが、蓋を開けてみれば業務契約を交わした配送会社の本部の言いなり。必要な機材は自腹だし、予定通り配送が進まなければ当然自主残業、不具合などのリスクも負わされる理不尽さ。一方のアビーも、予定の介護士が来ないと泣きつかれれば、相手が要介護の人間だけに行かないわけにはいかない。真面目で優しい人間が損をする悪循環……。家族のために働いているのに、仕事が家族を引き裂いていくどうしようもない矛盾に、胸を掻きむしりたくなる。反抗的になる長男、家族を想う言動が凶と出てしまう娘を含め、それぞれの気持ちが痛いほどわかる!胸が痛くてジンジンしてしまう。

映画のだけでなく、日本や世界のあらゆる場所で起きている出来事として“いま”向き合うべき力作だ
映画のだけでなく、日本や世界のあらゆる場所で起きている出来事として“いま”向き合うべき力作だ[c] Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

そして当然ながら恐ろしいことに、これはイギリスだけの状況ではなく、ブラック企業やブラック職業の話題が吹き荒れる日本も含め、世界中が直面している社会問題なのだ。「いまこそ変化の時だ」と言うローチの言葉(カンヌでのスピーチ)どおり、私たちは自分たちが壊れる前に、真剣にどうしたらいいか考えなければならない。私たちの未来を予感させるラストシーンを、絶対に見逃してはいけないのだ!

文/折田千鶴子

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