パーシー・アドロン監督「マーラーとアルマ、ふたりの愛と葛藤を感じ取ってほしい」

インタビュー

パーシー・アドロン監督「マーラーとアルマ、ふたりの愛と葛藤を感じ取ってほしい」

マーラー生誕150年&没後100年を飾るパーシー・アドロン監督『マーラー 君に捧げるアダージョ』がユーロスペースをはじめとする全国4館で4月30日より公開されているが、初日から連日満席、立ち見も出るなど、高い評価を得ている。アドロン監督といえば『バグダッド・カフェ』(89)で世界中を熱狂させた監督だ。本作ではマーラーと、その妻アルマに焦点を当て、音楽に秘められた激しくも切ない愛の史実を描き出している。今回、監督が来日する機会があり、早速インタビューにうかがった。

――息子のフェリックスと共同で作った一作ですね。奥様はプロデューサーです。ドイツ映画の現状はいかがでしょうか?

「ドイツ映画も厳しいですね。もはや恐竜のようですよ。この業界からの撤退も多いし、大会社に買収されたりもしています。資金調達が本当に厳しいんですよ。私の作品は妻も含めて家族経営だからこそできました。私と息子が脚本、妻がプロデュース、3人で作ったと言っても良いですね。そして何より大きな成功、『バグダッド・カフェ』があったからこそです。本作は本当の意味でのインディペンデントです。周囲から『ああしろ、こうしろ』と言われません。邪魔されずにしたいことをやっています。反面、大ヒットは滅多にありません。そこそこ見てもらっているというところでしょうか。このマーラーが『ロード・オブ・ザ・リング』(02)にでもなれば良いですね(笑)」

――マーラーはそもそも好きだったのでしょうか?また彼のどんなところに惹かれましたか?

「彼の交響曲は8番以外は全部好きですよ。息子は若い頃から、私はある程度、歳を取ってから好きになりました。シンフォニーはイコール映画なのです。1番から10番まで、それは10話からなる壮大なメロドラマで、人生のあらゆる感情が含まれています。人生の色々なことを表現しています。マーラーの音楽は古い時代と新しい時代との架け橋で、シリアスな面も遊びの面も両極端ですね。ドイツのフォルクローレが入っていたりもするし、強い色彩感も感じられます。その辺が映画とつながっていきます。典型的なマス・エンターテインメントだと思いますよ。バロック時代のバッハなどとは全然違うでしょう。そう思いませんか?」

――マーラー役のヨハネス・ジルバーシュナイダー、アルマ役のバーバラ・ロマーナー共に素晴らしい演技でした。まるで本物のようでした。監督は彼らにどんな演技指導などをされたのでしょう?

「どうやったかと言えば、私は彼らと話をして、バックグラウンドを説明しただけです。そして繰り返し何度も撮影を行いました。熟成させる必要があったからです。間違った方向に行かないように、そして納得できるようにね。アルマ役のバーバラは黄金の頭脳の持ち主です。映画は初めてでしたが、舞台で素晴らしい演技を見せています。きつい、若い、美しい、醜い、どんな演技もできるし、非常に正直な人です。このキャラは官能的なのですが、彼女は本当はセクシーではありません(笑)。しかし、それになりたいと思って、なりきることができるのです。ヨハネスは間を置かずにしゃべりまくります。でもカメラが止まると、彼もぴたっと止まる。役になりきっていましたね。彼は腰痛と脚の痛みを抱えていて、到底撮影は無理だと思っていたのですが、絶妙にやってのけてくれました。手から水がこぼれ落ちるような、とらえどころのないマーラーを見事に演じてくれました。あと、フロイト役のマルコヴィクスは、私の要望を即座にやってみせてくれて、それはまさに職人技の世界でしたね」

――マーラーとフロイトのシーンが印象的でした。特にふたりがモーツァルトのドン・ジョヴァンニを歌うシーンがあります。このアイデアはどうやって生まれたのでしょう?

「フロイトは本当に音楽恐怖症でした。ピアノ演奏を聴いて、ミュンヘンのホテルで三度も失神したことが記録に残っています。そしてマーラーが『見ろ!』と説得したドン・ジョヴァンニでは失神しませんでした。彼が唯一OKだった音楽です。フロイトと音楽、これはネタとして使えると思って採用しました。ふたりのシーンでは、心理的な面は音楽へのこだわりほど深くなかったのですが、無意識下にある本音を気付かせる手法や、年齢差のある結婚、天才の才能を生かすための周囲の問題点などを描写しました。とても楽しい撮影でしたよ。そういったことから本作を精神科医学会で発表することになったのですが、UCLAの女性教授は『全て合っています。間違いは全くなかった』と言って、ほめてくれました。本当にエキサイティングで嬉しかったですね」

――本作では音楽もまた重要なファクターですね

「ペッカ、音楽をめちゃくちゃにしないでくれてありがとう!と言いたいですね。本作は物語と音楽、この二つがそろって初めて始まるものなので、どちらが欠けてもいけません。最も大切で重要なものでした」

――アダージェットが流れるシーン、アルマが譜面を読みながら涙を流す。そしてそれをただ見つめるマーラー、何と美しいシーンでしょう

「私も同じ気持ちですよ。ここでは言葉は要らないのです。ふたりが愛し合っていることがわかります。彼が彼女を愛し、彼女が彼の才能を愛する。そして彼女の音楽家としての悲劇があり、彼女は犠牲になってしまった。全てがこのシーンに凝縮されているのです。またヴィスコンティへのオマージュも含んでいます。何しろ彼こそがマーラーの世界認知のきっかけを与えたのですから」

本作でメーラーの交響曲が3曲流れる。いずれもエサ=ペッカ・サロネン指揮、スウェーデン放送交響楽団によるものだ。1つは上記で触れた“アダージェット”、1つはタイトルにもなっている“アダージョ”、そして“静けさに満ちて”だ。いずれも象徴的なシーンで使われているのでよく聴いて、見てもらいたい。そして何よりマーラーとアルマ、このふたりの愛と情熱、希望と苦悩、そして葛藤と、あらゆる感情を巧みに描き出した傑作を堪能してもらいたい。【Movie Walker】

★ルキノ・ヴィスコンティ監督は『ベニスに死す』(71)でマーラーの交響曲第5番第4楽章“アダージェット”を全編に使用しており、これが1970年代後半から起こったマーラーブームの火付け役とも言われている

■大ヒット御礼!マーラー没後100年記念 5/18命日割引実施
マーラーの命日である5月18日(水)に、渋谷ユーロスペース、横浜シネマ・ジャック&ベティに来場された方、一人につき当日料金1000円で鑑賞できる特別割引を実施

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