イニャリトゥ監督最新作『BIUTIFUL』が日本人の琴線を直撃する理由
世界で最もその名を知られる映画監督の一人にして日本映画の巨匠、黒澤明。彼から影響を受けたことを公言する映画監督は国内外を問わず数多いが、映画『バベル』(06)を監督したことで知られるアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥもその一人だ。そんなイニャリトゥ監督が黒澤明の傑作『生きる』(52)からワンシーンを引用してオマージュを捧げたという新作『BIUTIFUL ビューティフル』が、現在公開されている。
末期がんに侵され、余命2ヶ月を宣告された父とふたりの幼い子供を中心に、華やかな大都市バルセロナの暗部に生きる人々を描いた本作は、テーマ的にも『生きる』に通じる本格派の作品。父と子、生と死といった重厚なテーマが見るものに強く訴えるほか、末期がんの父を演じ、本作でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞したハビエル・バルデムの圧倒的なオーラ漂う演技が素晴らしい。イニャリトゥ監督は19歳の時に出会った黒澤作品に衝撃を受けたそうで、「黒澤明は天才的なストーリーテラー」と絶賛しつつ、本作に垣間見える影響について、「『生きる』の中の、主人公の男が飲み屋で小説家に心を吐露するシーンに敬意を表し、彼らの言葉を違う形で引用したんだ」と語っている。
また、本作は本編のみならず、予告編も話題を呼んだことで知られる。というのも、数種ある予告編のうちの一本では、村上春樹の小説「海辺のカフカ」の一節が約150秒にわたって朗読されているからだ。本編に朗読のシーンが登場するわけではないのだが、「海辺のカフカ」と本作の間に共通のテーマを感じたイニャリトゥ監督自身が熱望し、この予告編が製作されたという。黒澤明と村上春樹という、時代もジャンルも違うふたりの日本人が世界的な映画監督によって言及されている事実は、同じ日本人として誇らしい気持ちにさせてくれる。そして、日本的なものへの接近が見られる本作は、とりわけ日本人の心に強く響く作品に仕上がっているといえるだろう。
イニャリトゥ監督の最高傑作との呼び声も高く、あのショーン・ペンが鑑賞後、15分も立ち上がれなくなってしまったという『BIUTIFUL ビューティフル』。死という避けられないものに直面し、まさに生きることについて考える男の姿が深い感動を与えてくれる本作は、是非劇場でご覧いただきたい。【トライワークス】