【氷川竜介による作品解説】人の脳を活性化させる『AKIRA』のエネルギー(前編)
「ハイクオリティ時代の始まり」を刻んだ作品
先述のように『AKIRA』の現場は、大友克洋自らが陣頭指揮をとる「AKIRAスタジオ」を設立することになった。アニメーターのなかむらたかし、森本晃司が、初期の中核メンバーである。
やがて集まってきた当時の若手アニメーターたちと大友克洋は、楽しんで作品制作に没入したという。大友克洋監督の作業範囲は、『アキラ・アーカイヴ』(講談社)である程度明らかにできた。端的に言って「宮崎駿監督に比肩しうる広範さ」なのである。脚本、絵コンテ作業後も、ほぼ全カットのレイアウトを担当し、キヨコなどニュアンスの難しいキャラクター、あるいは精密に連動する医療機器などは自身で原画を描き、美術関係も入念にチェックしたうえでオプチカルプリンター使用やCG合成など撮影技法も細やかに指定し、作画監督(原画の修正作業)も手掛けていた。
注目の「リアリズム」に関しては、今回の4K化でさらなる真価が再確認できるはずだ。具体的にその特性を言語化するなら、「緻密さと正確性」になる。映画冒頭で起きる東京の大破壊後、東京湾上に無定見に増殖したネオ東京の高層ビル群は、その立体的な配置や高低差、窓の一枚一枚まで描き抜かれ存在感を強化している。破壊シーンになると、露出するコンクリートと鉄筋、ガラスなど構造材を分別し、記号的表現を徹底して排除して現象を丹念に追っている。アニメ独自の表現としては、バイクのテールランプの残像を描き、超能力で展開された力場は球のように拡大して直進するはずの光を歪曲させるなど、リアリズムを延伸させて「誰も見たことのない映像」にも果敢に挑戦している。
今回、HDR処理が施されることで、色彩の大胆さが前面に出るようになったのも大きな驚きだ。特にグリーン系や薄いブルーなどのデリケートな色使いは、フィルム撮影によってある程度劣化していたが、それが極めて正確に出るようになった。光源の有無による明暗や彩度の変化など、全て絵の具によるカラーリングとは信じられないほどの鮮烈さを覚えるに違いない。
レイアウトに対しても「レンズとフレーム」にこだわったと、大友監督は述懐している。もし実写のカメラで撮ったなら「望遠・標準・広角」のいずれに該当するのか。ある程度は演出で意識されていたものを、「何㎜のレンズを使ってこの場所からこの角度で撮り、アイレベルをここに設定して被写体はフレームのここで切る」と、シミュレーション的な精度を高め、臨場感やサスペンスを強化したのである。この発想は、以後の日本製アニメ全体に「画づくりの意識改革」をもたらしたが、それも4Kの高精細化で印象深くなるに違いない。
合作ブームの余波で『AKIRA』にベテランアニメーターが集結できない一方、テレビアニメで育った世代が集まったことも、歴史上重要である。1980年代は、そのテレビアニメ第一世代が表現を革新し、緻密な表現を多用して表現レベルを年単位で更新していた時期でもあった。彼らが大友克洋流の発想や画づくりに直接触れ、大きな刺激を受けてから新しい現場に散っていった結果、90年代になって万物を過密かつ正確に描こうとする方向性の「ハイクオリティの時代」が到来したとき、大きな威力が発揮される。
やがて日本製アニメは世界中にファンを誕生させ、さらには学者や映像関係者に大きな衝撃を与えるようになる。『AKIRA』はそのシンボルになった。その「ハイクオリティ時代の始まり」には、歴史的な必然性が存在するのである。
【氷川竜介による作品解説】人の脳を活性化させる『AKIRA』のエネルギー(後編)へ続く
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・AKIRA SOUND MAKING 2019
・AKIRA SOUND CLIP BY 芸能山城組
・エンドクレジット(1988年公開版)
・絵コンテ集(静止画)、劇場特報、予告集
●特製ブックレット(岩田光央×佐々木望×小山茉美×草尾毅×明田川進によるスペシャル座談会などを収録)
※氷川氏による解説の全文は『AKIRA 4Kリマスターセット』に封入される特製ブックレットで読むことができます。 https://v-storage.bnarts.jp/sp-site/akira/