“ただ者ではない”飼育係とは?――『旭山動物園物語〜』マキノ雅彦監督インタビュー
津川雅彦が“マキノ雅彦”名義で監督した最新作『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』が完成した。ドキュメンタリー番組やテレビドラマでスポットが当てられ知名度がさらに高まった旭山動物園(北海道旭川市)は動物の野生の魅力を引き出す“行動展示”で知られている。わずか10年前までは廃園の危機にさらされていたが、飼育係たちの発想と情熱によって、今では東京の上野動物園を凌ぐ入場者数を誇る。
だがマキノ監督は、この映画をサクセスストーリーにはしなかった。「ドキュメンタリーを観た時、動物たちが大自然の中にいるのと同じくらい生き生きしていたんです。何百年、何千年と続いてきた動物園の歴史で、初めて檻の中にいる動物たちを輝かせた。僕らはモノを作ってる人間ですから、飼育係たちがただ者でないことは容易に想像がつきました。例えばオランウータンの展示方法の臨場感。どうして飛びついて来ないの?と思うくらい間近で見られるのに、柵がない。それは観察力の賜物なんです。ひもをぶら下げて遊ばせていた時、勢い余って壁に激突しても手を離せなかった。足腰が弱いんですね。それを見て、あの距離でも大丈夫と判断したそうです。とはいえ、オープンして1週間くらいは逃げ出す夢を見たと言ってましたけどね(笑)」
監督はこう続ける。「野生動物というのはダーウィンの法則で、強い者の種しか絶対に残さない。その本能のお陰で種の保存が可能なわけですが、人間だけは他の動物にマネのできない弱者を育てる英知を持っている。吉田(中村靖日)のモデルになった坂東副園長の生い立ちを聞くと、子供の頃の彼は弱者で、イジメの標的にされていたそうです。人間嫌いで虫ばかり飼っていた。大きくなると今度は鳥ばかり見ていて、僕に『ツバメはヒナが巣立つまでに親鳥が何回エサを運ぶか知ってますか?』と聞くんだよね。『数えたの?』って言うと、『数えました。2600回です』と。その観察力と集中力と根気。小菅園長は、坂東さんのその能力を育てあげて、普通の社会では弱者で一人前のサラリーマンにさえなれなかった彼を、旭山動物園の立役者にしたんです」
行動展示から浮かび上がるテーマは、“弱者を育てる”だけにとどまらない。「行動展示によって輝いている動物を見ると、命ってみんな尊いと思える。ウチは犬を飼っていてかわいくてしょうがないのですが、人間はコンセプトが“かわいい”だと簡単に尊厳を感じられる。では、野生の命に対してはどうか。今度は“かわいい”じゃなく“怖い”です。西田敏行さんが小学校で言うセリフに象徴されていますが、かわいいから仲良くできて怖いと毛皮にしちゃえというのは、乱暴な考え方。小菅園長が考えてくださった言葉です。そういう意味で、旭山動物園は、奥の深いこれからのテーマと映像の力、そして娯楽性を十分に備えた題材だと思う。ですから、飼育係の奮闘ぶりと吉田青年の成長物語を縦軸と横軸にしてストーリーを組み立てたんです」
津川雅彦が叔父の巨匠・マキノ雅弘から譲り受けたのは、マキノ姓だけではない。人間ドラマを根底に据えた“娯楽映画”を作るという精神も、しっかりと受け継いでいるのだ。【取材・文/外山真也】