没10年のジョージ・ハリスンが、マーティン・スコセッシ監督の手で鮮やかによみがえる!
元ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスンが58歳で亡くなってから10年。ニューヨーク映画祭で、ジョージ・ハリスンを描いたドキュメンタリー 『ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(日本11月19日から12月2日まで期間限定公開)が満を持して上映され、マーティン・スコセッシ監督、ジョージの妻オリヴィア、エディター、エグゼクティブ・プロデューサー、プロデューサーの5人がスカイプインタビューに応じた。
約3時間半に渡る長編作となった同作は、ビートルズ結成から最盛期、そして解散、ジョージが求めてやまない何かのためインドの楽器、シタールに傾倒していった様子などが、未公開映像などを通じて描き出された二部構成の作品。妻のオリヴィエ、そして元ビートルズのメンバーだったポール・マッカートニー、リンゴ・スター、故ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコ、トム・ぺティ、そしてエリック・クラプトンら多数の音楽関係者などのインタビューを通じて、死に至るまで音楽を通じて精神世界を追及し続けたジョージの生き様や苦悩や心の葛藤を描く。それと共に、映画製作も手がけたジョージが持つ別の素顔が、テリー・ギリアム監督、F1で三度ワールドチャンピョンに輝いた友人のジャッキー・スチュワートのインタビューなどによって次々に明かされていく。
オールバックで子供のように見えたという、当時17歳のジョージは、実際には個性が強く、ライバルだったジョンとポールの仲介役を勤め、まさにビートルズのハーモニーを創り上げた重要人物だったが、ビートルズといえば、銃弾に倒れて伝説の人となったジョンと、先日三度目の結婚をし、現在もミュージシャンとして活躍中のポールが中心的存在だったのは有名な話。なかなか意見を取り入れてもらえず、自分の個性を出し切れなかったジョージの苦悩について、スコセッシ監督は「彼はビートルズとして大成功を収めたにも関わらず、心の充足と達成感を得られなかったんです。その渇望感が、インドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールとの出会いにつながっていくのですが、そういう彼が、ビートルズ解散後に歩んだ人生に興味を持っていた」という。
「『ディパーテッド』(06)の撮影が終わった時、この作品に携わったスタッフを通じて、ジョージの妻オリヴィアから直接ジョージの人生を描いた映画製作を依頼してもらった」というスコセッシ監督は、自身もロック全盛期を過ごし、監督作にもこの時代の音楽を多く取り入れている音楽ツウ。これまでにも『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(05) 、『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(08)などでミュージシャンを描いているが、オリヴィア夫人は、「彼の作品を見て、夫の遺志を受け継いだ映画を作ってくれるのはスコセッシ監督しかいないと思った」と、自らラブコールを送ったことを明らかにした。
「ジョージの遺志を受け継いだオリヴィアが大切に保管していたジョージの数々の私物や家族写真、莫大な映像や音響をどう使って描くかを決めるまでには相当な時間がかかった。彼を知るいろんな人たちとのインタビューを通じて、彼の人となりを良く知ることができたが(ビートルズ時代は容易だったが)、彼が死に至るまで、内面を追求し続け、精神世界に入り込んでいく過程を描くのは容易なことではなかった」というスコセッシ監督は、「ポールがインタビューで、『彼の奏でるギターの音色はまさに歌だった』と絶賛したり、ジョージについて語るリンゴが涙する姿は、まるでバーバラ・ウォルターズのインタビュー番組『20/20』(政界から人気スターまで話題の人をインタビューする番組で、バーバラの手にかかるとどんなインタビューも、涙をそそる感動の人生になることで有名だった)さながらに感動的だった」と冗談交じりで語ったが、オリヴィアや関係者、スタッフらとの製作過程においては、スコセッシ監督も通常の映画とは違った感動を味わったようだ。
さまざまな人々の愛と苦悩に満ちあふれたジョージワールドを暖かい眼差しで映し出している同作は、エリック・クラプトンが自ら、ジョージの最初の妻パティを自分の妻にした経緯や、死の直前にジョージと出会ったリンゴの涙のインタビュー、そして妻オリヴィアが、ジョージを襲うため自宅に強盗に入った変質者と戦った当時の様子など興味深い話も多く、ビートルズやジョージのファンでなくても、ジョージワールドに引き込まれていく力強い作品に仕上がっている。
オリヴィア夫人の「これは好奇心旺盛な一人の人間についての偽りのない映画です」というコメントが、作品の全てを物語っている。【取材・文NY在住/JUNKO】