堤幸彦監督『MY HOUSE』は「これを撮らないと死ねない」という思いで作った映画

インタビュー

堤幸彦監督『MY HOUSE』は「これを撮らないと死ねない」という思いで作った映画

独創的なカメラワークや随所に盛り込まれるギャグなど、独自の手法で『トリック』シリーズや『20世紀少年』3部作、『SPEC』シリーズといった数々のヒット作を生み出してきた堤幸彦監督。5月26日(土)より公開される最新作『MY HOUSE』は、建築家・坂口恭平原作の小説から着想を得て作られたという、路上生活者の日常をテーマにした作品だ。これまでの作品とは打って変わり、モノクロ、音楽・ギャグなしという演出で、非常にメッセージ性の強い作品に仕上がっているのだが、なぜ今、この作品を撮ったのだろうか。監督にその理由を聞いた。

物語は監督の出身地でもある名古屋が舞台。公園で暮らす路上生活者の生活の様子や、彼らが直面する苦難をリアルに描き出す。主人公の路上生活者・鈴本を演じるのは、演技経験の少ない名古屋のフォークシンガー・いとうたかお。堤監督はもともと彼のファンだったそうで、「いとうさんの曲は誰が聞いても感動する歌ばっかりで、ああいう歌を歌う方なら、この役ができるかもしれないって思ったんです。それで、オーディションでセリフを読んでもらったんですが、女性プロデューサーが号泣するくらい良くって。路上生活者役が似合うといっては、ほめ言葉に聞こえないかもしれませんが(笑)。即出演を決めました」。

そんないとうが演じる鈴本をはじめ、貧しいながら楽しく生活する路上生活者と対照的に配置されるのが、成績優秀な中学生や潔癖症の主婦といった、一般的な家庭で暮らす人々。彼らは私たちと変わらない生活を送っているはずなのに、どこかいびつで、不気味な存在として描かれている。特に木村多江が演じる、一日中家の掃除をし続ける主婦の姿は、映画に不穏な空気を与えているのだが、そこには「実は僕、潔癖症なんですよ」と語る監督自身の姿が投影されているという。「家には掃除機が4台もありますし、手を洗う石鹸もたくさんあって、強迫観念のように潔癖症なんです。でも、公園や空き地で生活する路上生活者の方のお宅にお邪魔した時、清潔だと感じたんですね。すごく整理整頓されていて、お風呂やコインランドリーにも行っていて、僕と変わらないじゃん、って。路上生活者の方の暮らしと私たちの生活は、思っているほど大して差がないんです。それを際立たせるために、ああいった主婦像になっていきました」。

堤監督は、これまでにもエンタメ作品とは異なる硬派な作品を生み出してきた。このような毛色の違う映画を撮るということを監督はどう考えているのだろうか。「エンタメ系の作品を作るということは、自分の本音をどこかで封印して作らなければできないんです。でも、いつか自分のやりたいことをやるっていう意志が自分の中にあって。だから結果的に、その作品がブーイングを受けたとしても、王道的なエンタメ作品が減っていったとしても、それはしょうがないと思っています」。

映画の作り手として、はっきりとした意志を持つ堤監督は現在56歳。50歳を超えてから「作りたい作品を作る“ずうずうしさ”を手に入れた」と語り、仕事以外でも様々な活動をしているそうだ。「この歳になって、いろんなことがごく自然にできるようになりました。今は恥ずかしながら、以前に中退した大学に復学して、通信教育で地理を学んでいます。見知らぬ方々とフィールドワークしたり、楽しくてしょうがないんですね(笑)。50を過ぎたら“悔いなく死にたい”って思うようになって、いろんなことにチャレンジできるんだと思います。だから、気持ちよく死ぬために、映画も自分が良いと思った作品を作ろうと思っているんです。『MY HOUSE』を作った動機は、言い換えると、棺桶に入れたい作品を作るっていうことだったかもしれません」。

多忙な監督業をこなしながら、学んだり、新たな場に足を踏み出し、自分の作りたい作品を作ることに意欲を燃やす堤監督。是非、劇場で『MY HOUSE』を見て、監督の新たな一歩を感じ取ってもらいたい。【トライワークス】

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