『終の信託』の周防正行監督が草刈民代を語る「バレリーナの人生は過酷」
『それでもボクはやってない』(07)の周防正行監督が、妻で女優の草刈民代と役所広司という『Shall we ダンス?』(96)のコンビを迎えて撮った『終の信託(ついのしんたく)』(10月27日公開)。『ダンシング・チャップリン』(11)でバレリーナとしての草刈民代のラストダンスを撮り上げた周防監督が、今度は彼女が女優に転身してから初めての主演映画を放つ。本作で周防監督が、女優・草刈民代とどう向き合っていったのか。インタビューして、心の内を語ってもらった。
本作は、終末医療を扱った重厚なドラマだ。ヒロインは、草刈民代扮する呼吸器内科医の折井綾乃。彼女が同僚の医師との不倫に傷つくなかで、自分が担当するぜんそくの患者・江木秦三(役所広司)と交流を深めていく。やがて、死期を悟った江木から最後の望みを託された綾乃は、その決断によって殺人罪に問われることになる。「小説を読んだ時、綾乃の姿が草刈に重なったんです。本当は弱い部分があり、ポキンと折れてしまいそうなのに、それを見せずに頑張っていく。患者の死を看取る緊張感や責任感、そこで生じる孤独感が、バレリーナとしての草刈の人生と重なりました」。
「バレリーナの人生は、子供の頃から人と比べられる、とても過酷なものなんです」という周防監督。「絶えず強気で頑張り抜き、稽古を重ねていく。主役になると、今度はその演目やバレエ団の顔となるから、お客さんの前で踊る時のプレッシャーも強い。そういうものが、綾乃の医師としての姿に重なって、これは草刈のための役だと思ったくらい、しっくりと来ました。実際、クラシックバレエ公演の本番の日の朝なんて、すごくピリピリした緊張感があって、どう言葉をかけて良いのかわからないくらいだったし。でも、バレエを辞めてから、舞台やテレビドラマを何本か経験させてもらっていますが、いつも楽しそうに、るんるん気分で出かけていく。やっぱり背負っていたものは、相当重かったんだなと思いました」。
ただし、本作の撮影で、周防監督は草刈から、バレリーナ時代と同じような緊張感を絶えず感じていたと話す。「特に取り調べ室の撮影がそうで。地方ロケでは、僕はスタッフと、彼女は出演者と一緒のホテルに泊まっていたのですが、取り調べ室は東京へ戻ってからの撮影だったんです。本当なら家に帰って、夫婦の日常があったはずなんだけど、彼女はこの取調室の緊張感を途切れさせたくないってことで、撮影所の近くにホテルをとって、別居状態だったんです」。
主演女優が妻であるという点の苦労について、周防監督は本音を漏らす。「その時は僕も、彼女が家に帰って来なくて良かったなと思いました(笑)。女優を奥さんにしている先輩の監督に、こういう場合、撮影中はどうしているのか?って聞きたいくらいです。本作は地方ロケが多かったことが救いになったけど、一緒にいたら辛かったと思います」。ただ、その緊張感が作品に良い効果をもたらした、とも付け加える。「そのくらい集中しないとできない役でしたから」。
周防監督が草刈に求めたものは、これまでの作品とは違っていた。「『Shall we ダンス?』の時は、彼女がバレリーナであることが重要だったから、お客様として迎えた。『ダンシング・チャップリン』は、バレリーナとして最後の映画出演作。今度は女優として生きていくと決めた映画の一本目なんです。だからこそ、きちんと撮ることが僕の責任でもありました。役所さんのキャスティングはまさにそのためで、バレリーナ・草刈民代と共演してくれた役所さんに、今度は女優・草刈民代の一本目を受け止めてほしかった。草刈にとっては覚悟のある役だったことも良かったんです。役所さんも、草刈に『今後女優としてやっていくという気迫のようなものを感じた』と仰ってくれたので。女優としてきちんとスタートを切れる作品にしたかったし、これを見た他の映画監督が、草刈を使ってみたいと思ってもらえると良いなと思いました(笑)」。
周防監督は気合いを込めて放つ、女優・草刈民代の渾身の主演映画一作目『終の信託』。本作を経て、ふたりのパートナーシップは新たなステージに上がった。【取材・文/山崎伸子】