『淵に立つ』の深田監督、カンヌ「ある視点」部門審査員賞受賞スピーチ
「審査員賞は…特殊な家族関係を描いて…」と、審査員のフランス女優セリーヌ・サレットが言った一言が記者の間にざわめきを呼んだ。『淵に立つ』、「ある視点」部門審査員賞受賞の瞬間である。
振り向くと、先ほどまで“まな板の上のコイ”といった面持ちだつた深田晃司監督が椅子から飛び上がり、キャストやスタッフの祝福のなか舞台に向かうのが見えた。
第69回カンヌ国際映画祭、最終日の1日前、公式部門の一つ「ある視点」部門の授賞式が行われる。恒例になった劇場・会場・セキュリティのスタッフたちが舞台に勢ぞろいして記者たちの感謝の拍手を受けた後、審査員が1人ずつ賞を発表して行く。1番最後が最高賞である「ある視点」賞で、審査員賞はその前に呼ばれる。つまり、セカンド・プライズ、ということだ。
最初に発表された特別賞は『レッド・タートル ある島の物語』。『岸辺のふたり』のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が初の長編に挑戦した日仏の合作。スタジオジブリが製作に参加しているアニメーションである。審査員特別賞になったのはアニメーションだから、という話だが、国際批評家連盟や「フィルム・フランセ」誌の星取表では高い評価を受けていた。
日本映画が6つの賞のうち2つを獲得した。
是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』は受賞を逃したが、なかなか新しい人が出てこないと言われていた日本映画から、初のカンヌで受賞する監督が出てきたことは、先輩である是枝監督や河瀬直美監督、黒沢清監督などの常連監督にとっても喜びなのではないか。
深田監督は受賞の挨拶でこんなことを言った。「皆さんに感謝します。日本には若い才能ある監督がたくさんいます。そして、日本人はフランス映画が好きですし、フランス人は日本映画が好きです。けれど、映画作りにおいて、日本とフランスの絆は強いとは言えません。これからはもっと2つの国がより強く結びつくことができるようになるといいと思います」
緊張のあまり何回もつっかえたり言い直しているうち、他の登壇者の挨拶より長くなってしまった挨拶が微笑ましく、会場からは「がんばれ」の声も飛ぶ。授賞式が終わり、幾分ほっとした表情の監督に挨拶の真意を聞いた。
「ほかのひとの挨拶が短かったんでだいぶはしょったんですが、長くなっちゃいましたね(笑)。僕が言いたかったのは、日本には若い才能のある監督たちがいるけれど、彼らが海外の映画祭に行ったり海外との協力を得たりするためにはまだまだ行政的な支援が足りない。例えば韓国とフランスの間にはラッセル協定というものが結ばれていて映画を作り合う仕組みができている。でも、こんなに日本人がフランス映画好きでフランス人が日本映画好きなのに、日本とフランスの間には締結されていないんです。僕にとってこの舞台は人生最大瞬間風速的に言うことを聞いてもらえる場所だと思ったので、そう言いたかったんですけどね(笑)」
「なぜこの作品が選ばれたのかは、わかりませんね。審査員に取材して欲しいくらい(笑)。ただ海外のメデイアの取材では、まず必ず主要4人のキャストが素晴らしかったと言われると同時に、家族のあり方が刺激的だったと言われますね。異質である、と言われる。うーん、どう言うことか…家族に対して優しくないってことじゃないでしょうか」
興奮冷めやらぬという感じの監督一行だが、監督はすでに次のプロジェクトに頭が切り替わっている。「この受賞で少しは資金集めとか楽になるといいな」。【取材・文/まつかわゆま】