サッカーの王様ペレ、メッシを称える!リオ五輪出場にも意欲!?
ペレは突然両手をあげ、かつてゴールを決めた後に見せていた、お決まりのポーズをとってみせた。
30分にわたるインタビューが終わり、写真撮影に移った時のことだ。思いがけないサービス。ニューヨークの瀟洒なホテルの一室に、王様のやんちゃな笑顔が輝いた。
「もちろん今もサッカーは見ていますよ。私が一番だと思うのは、リオネル・メッシです。近年では彼が最高の選手でしょう。誰が史上最高のサッカー選手か、という質問は、これまでに何度もされてきましたけどね」
誰が一番なのでしょう、と聞くと、彼は南国の笑顔でこう答えた。
「大事なのは、そこにいつもペレの名前があるということですね」
レジェンドの言葉は正しい。そもそも、史上最高のサッカー選手は誰かという問いに答えはないからだ。時代の差もある。所属したクラブもまるで違う。単純比較はできない。ペレか、マラドーナか、クライフか、あるいはメッシかというのは、世界中の飲み屋での最高の話のネタではあるけれど。
「1958年、1962年、1970年、3度のワールドカップでブラジルを優勝に導くことができたのは大きな誇りです。今でも自分が決めたゴールははっきりと覚えていますよ。ワールドカップを3度掲げ、1000を超えるゴールを決めた選手は他にはいないんです」
時代が時代だったこともあり、彼が欧州のビッグクラブでプレーすることはなかった。選手時代、彼はリオネル・メッシや、クリスティアノ・ロナウドのような現代のスター選手のような大金を手にすることもなかった。
しかし彼がサッカーに刻んだ強烈な記憶は、引退から40年以上たった今も少しも薄れていない。
貧困から這い上がりチャンスをつかんだ少年時代。18歳で決めたワールドカップでのスーパーゴール。負傷に悩まされ苦境に陥ったこともあった。サッカー界で語り継がれている伝説は、ペレの歩みとともに紡がれていった。『ペレ 伝説の誕生』(7月8日公開)には、そんな彼がサッカー史に残した偉大なる足跡が鮮明に描かれている。
「今夏にはリオ五輪があります。私も、出場に向け調整しているところですよ」
サッカーの王様はそう言ってウインクする。
ネイマールからのパスを、華麗にネットに沈めるペレ。夢のワンシーンを、少しだけ想像してみた。【取材・文/豊福晋】