『怒り』の松山ケンイチが語る、渡辺謙と宮崎あおいから受けた刺激
日本アカデミー賞など国内の映画賞を多数受賞した『悪人』(10)から6年、李相日監督が原作者の吉田修一や、同作のスタッフ陣と再びタッグを組んだのが、渾身の群像劇『怒り』(9月17日公開)だ。
本作で殺人犯の疑いをかけられる前歴不詳の男・田代役を演じた松山ケンイチにインタビュー。松山は「自分がいままでやったことのない路線の演技だったので、手探りでやっていった」と撮影を振り返った。
八王子の閑静な住宅地である夫婦が惨殺され、室内には血で書かれた『怒』の文字が残されていた。その後犯人は顔を整形し、社会に紛れ込んで生きているという。千葉・東京・沖縄で、犯人ではないかと疑われる3人の男が浮上し、周りの人々を翻弄していく。3つの物語が同時進行していくなか、松山は千葉パートで渡辺謙や宮崎あおいらと共演した。
初の李組で、松山は役に対する疑問をすべて李監督に投げていったと言う。「李監督から具体的な演出はなかったですが、僕とのコミュニケーションにはつきあってくれました。やはり監督と話すことによって、自分が考えている以上のものが出てきたりするので。でも、撮影期間が短かったから、全く手応えはなかったです。いつもそうですが、自分の演技の良し悪しの判断は絶対にできないですし。ああすれば良かった、こうすれば良かったと思うしかないですから」。
田代は宮崎演じる無垢な娘・愛子と恋仲になるが、渡辺演じる愛子の父・洋平は得体の知れない田代との交際を快く思えない。やがて洋平だけでははく、愛子も田代に疑惑の念を抱いていく。
千葉パートの3人の他、沖縄パートの森山未來、広瀬すず、東京パートの妻夫木聡、綾野剛といった豪華キャストのなかで、要のような存在となったのが渡辺謙だ。「やっぱり謙さんがいると締まるし、この作品を背負える人といえば謙さんしかいない。謙さんがいるだけで安心して演技ができるというのは、すごく大きなことですから。僕も主演の時は共演者を緊張させないようにとか、みんなが100%に近いパフォーマンスができるようにとかいろいろと考えますけど、今回は楽でした。何も考えないで、謙さんに引っ張っていってもらったので」。
宮崎あおいの役へのアプローチにも心を震わされたようだ。「愛子の“危ない”感じと“どこまでもいっちゃう”感じはすごく紙一重。あおいちゃんはそれを見事に演じていました。あおいちゃんは共演者の人に助けてもらったと言ってくれていますが、僕もあおいちゃんに助けてもらったことがたくさんあります。愛子たち親子と電話でのやりとりをするシーンでは、声だけなのにちゃんと感情を動かしてくれました。謙さんもそうですが、その時に声ってすごい、役者さんってすごいと思いました」。
今回の李組で求められたものについて尋ねると「生身な感じ。むき出しな感じ」と答えてくれた松山。「生の感情を出すために、いろんなことを言われました。孤独になった感じを知ってほしいから『家族と離れてほしい』『どこかへ行ってほしい』『1人でいてほしい』『(田代と同じく)左利きで飯を食ってほしい』といったことです。役を表情や目線、佇まいで作るものではなく、自然に出てくるものとしてやれるようになってほしいということだったのかなと」。
田代は内面に深い闇を抱える静かな男だが、松山にとってはとても新鮮な役どころだったと語る。「僕自身、こういう役はあまり経験したことがなかったので、ベクトルをどこに向けるのかがわからなくて。まだ未開発だったので、そこを監督に掘ってもらった感じです。全く進まなかったけど、僕はそれを楽しむべきだなと思ったし、監督に言われることについてもすごく悩んだりはしましたが、わからないなりに楽しむようにはしていました。だから今回の現場を経て、改めて生身でいることにもう少し向き合いたいと思えるようになったし、李監督はそういうことを教えてくれる人でした」。【取材・文/山崎伸子】