綾野剛、優しい佇まいの秘密は「妻夫木聡との出会い」
『日本で一番悪い奴ら』で、エネルギーを爆発させるようなオーラを放った綾野剛。その後に撮影に入ったという李相日監督最新作『怒り』(9月17日公開)では一転、凪の海のような、優しく静かな佇まいを見せる。激しいギャップに驚くが、綾野は「妻夫木聡さんとの関係が重要だった」と相手役となった妻夫木の存在が、役作りにおいてすべての鍵となったという。
吉田修一の同名小説を、『悪人』に続いて李監督が映画化した本作。東京・千葉・沖縄を舞台に、正体不明の男と出会った人々が、愛と疑惑の間で揺れる様を描く群像劇だ。綾野は、東京編に出演。エリートサラリーマンの優馬(妻夫木)と同性カップルとなりながらも、素性の知れないミステリアスな男性・直人役を演じている。
「『日本で一番悪い奴ら』の後半の撮影では、体重を上げていたんです。その頃は70キロ近くあったのを、『怒り』の時には61キロまで落としました」と華奢な直人を演じるために9キロの減量に挑んだそう。優しく、さみしげな佇まいが印象的だが、「僕は役を演じる時にはいつも、その人物を“生きよう”とします。でも直人は、“生きること”を誇張せず、呼吸するようにそこに存在するということを突き詰めました」と新境地への思いを吐露する。
さらには「優馬あっての直人。優馬から見て、僕が生きているように見えればいいと思った。自発的に生きるということを捨てたんです。優馬が直人に眼差しを向けることが、直人を存在させることになる」と濃密な愛を育むことになる相手・優馬を中心に、直人を作り上げたと言う。
李監督については、「本当のことしかいらない監督」と印象を話す。だからこそ、優馬と直人の愛を本物として表現するために、妻夫木と綾野は自主的に2週間の同居生活を実施した。「カップル役の相手の方と同居生活をすることなんて、なかなかできない。女性だったら、なおさら。今回は妻夫木さんが同じ思想でいてくれたからこそ、同居生活をすることができた。自分たちの精神を、もっともっと役に投影したいという思いが同じだったんです」。本作が初共演にもかかわらず、彼らのベクトルは驚くほど一致していた。
直人と優馬が同棲生活をスタートさせるシーンの撮影の日から、実際に彼らの同居生活も始まった。それぞれの役柄と溶け合うように、日々を過ごしていたという。「一緒に料理を作ったり、同じものを食べて同じものを飲んで。いつもは『剛』『聡』と呼び合っていますが、その時は『直人』『優馬』と役名で呼び合っていました。そうやって芝居を超えたところで共同生活をすることで、直人と優馬としての疑似体験ができるわけです。生活がまったく変わるわけですから。作品によっていろいろなアプローチの仕方がありますが、本作にはこのやり方が全てになると思えたんです」。
綾野と妻夫木の男性同士の関係に注目が集まっているが、綾野は「僕はそれをきっかけに映画を観てもらってもいいと思っているんです」と穏やかに微笑む。「僕と妻夫木さんが抱き合っていることに興味を持って観ていただいたとしても、それで一人でもこの映画を観てくださる方が増えたらうれしい。それに映画を観たら、それだけの作品でないことはすぐにわかりますから。きっと打ちのめされると思います」というように、綾野の意識はいつも「作品を良いものにしたい」ということに真っ直ぐに向かっている。
本作で得たものを聞くと、「妻夫木聡という人に出会えたことはとても大きい」と同志への思いを告白する。「妻夫木さんと李監督に見つめていただけたということは、自分の財産です。李監督のように、これほどまでに“本当”を求められる現場って、そんなに多くはないですから。そのことによって自分自身、新しい自分を見たということももちろんありますが、僕にとっては観てくださる方がすべて。映画を観てくださる方が、なんらかの意見をもってくれることが僕の糧になります」。【取材・文/成田おり枝】