森山未來、『怒り』役作りで“無人島生活”「恐ろしかった」
徹底した役作りで、その人物の生き様を体現する森山未來。李相日監督との初タッグとなった映画『怒り』(9月17日公開)では、バックパッカーの青年を演じるために、無人島での役作りに挑んだ。インフラもない無人島生活で、彼が手にしたものとは一体なんだったのか?森山を直撃した。
『悪人』の李監督が、再び吉田修一の原作を映画化した本作。ある未解決時殺人事件を軸に、東京・千葉・沖縄で正体不明の男と出会った人々が、愛と疑惑の間で揺れ動いていく姿を描くヒューマン・ミステリーだ。森山は、沖縄編に出演。李監督からの「この役は森山未來にしかできない」との熱烈オファーを受け、無人島に籠るミステリアスな男・田中役に抜擢された。
田中が暮らす島は、沖縄県島尻郡渡嘉敷村に属する離島・前島で撮影された。森山はクランクイン前から単身で前島に乗り込み、田中役と向き合った。「無人島なので一切、インフラがないんです。水や電気もない。何日かひとりで生活をしていましたが、恐ろしかったですよ」と恐怖心を打ち明ける。
「もともとは集落があった場所なので、建物の残骸や赤錆びたショベルカーがあったり、人がいた形跡があるんです。集落で飼っていたヤギが野生化して生息していたり。誰もいないのに、とにかく生き物の気配がすごい。明るい時は開放的な気分になっても、夜になると闇が深いし、ネズミやヤギの気配なのか音もいろいろ聞こえてくる。次第に人の声が幻聴のように聞こえてしまったり、自分がさいなまれていく気がしました」。髪と髭も伸びたワイルドな風貌。精神がとぎすまされていくような感覚。クランクインまでに完全に田中になりきった。
厳しい指導で知られる李監督とは、初タッグとなった。李組に参加した俳優の誰もがそのハードさに驚くそうだが、森山が「李監督に心をかきまざてもらった。本当にいい出会いになった」と力強く語るように、監督と俳優が並々ならぬ信頼を築き上げるのも李組の特徴だ。森山は「とにかく丁寧に映画を撮る監督。そしてそれが許される監督ですね。その信頼関係ってどうやって生まれているんだろう?」と自問自答すると、「僕の場合は、徹底的な会話」と答えを出した。
森山は、李監督と撮影前もリハーサルでも、現場でも「ありとあらゆる話をした」という。「今振り返っても、李監督と話しすぎて、考えすぎて、何をしていたのか思い出せないくらい(笑)。でも李監督からは、何が正解かも間違っているかも提示しないんです。いろいろ考えて、いろいろ引き出してみたけれど、それらを放り出したまま、ナチュラルにいようと努めていました」。
人間の複雑さをとことん突き詰められたことに、「すべて李監督のせいなんですけどね」とお茶目に笑いつつ、「(広瀬)すずちゃんを20テイク撮って、僕が1テイクで終わりなんてこともあって。逆に『さみしいな』なんて思ったりしました。みんなが李監督にハマる理由がわかる気がしました。すべての時間、すべてのコミュニケーションが僕にとっての宝物になっています」と充実感もたっぷり。
沖縄では、原作者の吉田修一とも対面を果たしたという森山。「『犯人を決めずに書き始めた』とおっしゃっていました」と驚きの吉田の言葉を明かし、「原作を読んだ時に僕は、誰が犯人か全然わからなかったんです。3人の男だけでなく、周りの人々も何かが欠乏していたり、痛みを抱えて生きている。誰が犯人かということよりも、“信じる”ということに対しての怖さのようなものを、主題として抱えているように思いました」と原作から受けた感動を語る。
森山と同じく“疑惑の男”を演じるのは、綾野剛と松山ケンイチ。彼ら正体不明の男に関わる面々にも、渡辺謙や宮崎あおい、広瀬すず、妻夫木聡など日本映画界を代表する豪華メンバーが顔をそろえ、吉田の力作を体現した。彼らの名演に圧倒されること請け合いだが、森山の『怒り』を語る熱からも、李監督のもと誰もが持てる力を惜しみなく注いだことがビシビシと伝わるインタビューだった。【取材・文/成田おり枝】