泣き笑い日本晴れ|MOVIE WALKER PRESS
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泣き笑い日本晴れ

1958年9月7日公開,78分
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熱田省三の「荷車の四季」を映画化したもので、馘首された元海軍大佐が屑屋の世界に飛びこんで生き抜くという人情喜劇。「俺たちは狂っていない」の舟橋和郎が脚色、「ろまん化粧」の穂積利昌が監督した。撮影も「ろまん化粧」の西川亨。渋谷天外・大宮敏光・古川緑波・榎本健一・伴淳三郎などコメディアンが大挙出演。

ストーリー

※結末の記載を含むものもあります。

坂田正三は鉄鋼所を首になった。社長が工員たちの怒りを平気に毎日下らぬ演説をやり、それを中止させようとして喧嘩してしまったのだ。坂田は妻・さゆりと息子・三太の二人とオンボロ長屋で暮している。翌日から、妻子には工場へ通っているように見せかけ、職さがしに駈けずり廻った。が、職はどこにもなかった。彼は海の見える丘で昔の華々しい海戦を想った。坂田は元海軍大佐なのだ。日収五百円以上という求人広告のビラが空から降ってきた。求人先の今田商店を訪ねると、そこは屑屋の元締だった。親方に連れられ、ガード下に掘立小屋の並ぶバタヤ集落を訪ね、屑屋三十年のベテランというデンさんに屑屋の手ほどきを受けた。デンさんの家には、テレビその他の家庭電化器具がそろっていた。バタヤのデラックス版である。近所の一膳飯屋の女中・花子や元芸者というニコヨンのお芳などが、デンさんにつきまとっている。坂田の屑屋稼業は、まあまあうまくいった。小唄師匠の家で妙な場面に顔を出し旦那に水をかけられたり、三谷重役家ではしっかり者の重役夫人に煙突掃除をやらされたりした。その日、例の海の見える丘で、坂田は浮浪児ナホミと知り合った。彼女の父は海軍で戦死し、母も死んだ。現在の養母が彼女を国外に売り飛ばそうとしていた。坂田は彼女を連れ帰った。屑屋は内証と口止めして。妻君は何も屑屋については気がつかず、ある日などは、坂田が六百円で買った茶釜を三百五十円で売ってしまい、彼の制止に、素人のあなたに何が判りますかというほどである。ガスの廃管を買って怪しまれ警察へ連行されたときなどは、エン罪と判ると、坂田は昔の海軍大佐時代の調子で巡査部長を説諭したのである。が、坂田は建築場の鉄材をタネのサギにひっかかった。財布の底をはたいて買ったのに。ナホミを奪い返そうと、ヨタモノが押しかけ、坂田は大乱闘した。彼の勇猛ぶりと美談が新聞に出、屑屋商売が妻子に知れた。が、女房はうれしがり、彼の商売を手伝ったのは、坂田氏にとって大変意外だった。

作品データ

製作年
1958年
製作国
日本
上映時間
78分

[c]キネマ旬報社

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