「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

インタビュー

「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

21日に解除された京都、大阪、兵庫を含む全国39府県が、緊急事態宣言の対象外となった。明日25日(月)には首都圏1都3県と北海道も全面解除される方針だ。それに伴い、日本各地で大手シネコンを含む映画館が営業を再開、または営業に向けて動き出している。
言うまでもなく新型コロナウイルスの映画界への影響は多大なもので、映画館の臨時休業・映画の公開延期だけでなく、新作の撮影も軒並みストップ。各国映画祭の延期・中止などなど、映画ファンにとっては暗澹たるニュースが飛び込んでくる日々だ。
結果的に、2020年代というディケイドの始まりであると同時に、コロナ以前/以降の分岐点となった2020年。少しでもポジティブにこれからのエンタテインメントと向き合うため、『2010s』の著者でもある映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏に、インタビューを行った。

【写真を見る】映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が、たっぷり1万字超えで縦横無尽に語り尽くす
【写真を見る】映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が、たっぷり1万字超えで縦横無尽に語り尽くす

『2010s』は、宇野氏と音楽雑誌「snoozer」の元編集長でDJや音楽評論家として活動する田中宗一郎氏が、政治や社会情勢と呼応した2010年代のポップ・カルチャーを総括した一冊だ。本書について宇野氏は「ディケイドの総括としてだけじゃなく、もう一つの役割が生まれてしまった、という気がしています」と語る。
実に10000字を超える本稿から、今後のポップ・カルチャーに参加するヒントが見えてくるはずだ。

ーー本書で「問題提起やアジテーションに終わるものではなく、具体的に『役に立つ』ものを残したい」と書かれていたのが印象的でした。“役に立つ”というのは、「作品との向き合い方を知るヒントになる」みたいなことでしょうか?

「そうですね。田中宗一郎さんとの共著なので、あくまで共著者の一人として言いますが、“『全部つながっている』という認識を持つこと”に尽きると思うんです。映画とテレビシリーズはつながっているし、テレビシリーズと音楽シーンもつながってる。テレビシリーズがなぜこんなに勢力を持つようになったのかと言ったら、業界の構造が変わったから。そして、業界の構造が変わったのは、突き詰めれば我々観客や視聴者の行動様式が変わったから。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は4月10日から11月20日(金)公開に延期となった
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は4月10日から11月20日(金)公開に延期となった

今回、新型コロナウイルスの影響で映画館が臨時休業になり、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』や『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』『ブラック・ウィドウ』クラスのブロックバスター作品は公開延期になりましたが、海外ではかなり多くの作品がPVOD(プレミアム・ビデオ・オン・デマンド)としてストリーミングでリリースされましたよね」

ーーユニバーサル・スタジオが『トロールズ ミュージック★パワー』を、当初の劇場公開日からオンデマンド配信を始めたことを皮切りに、多くの作品があとに続きました。

「実際に、3週間で約1億ドルの配給収入をあげるという結果を残しました。そうやって映画会社の判断が支持されたことによって、業界の構造もまた変わっていく。ポップ・カルチャーって消費するものじゃなくて、そうやって参加をして変化を促していくものなんです。音楽のストリーミング・サービスだって、そうやって普及していった。日本にいると、“海の向こうで起きていること”ってされがちですけど、日本人だってその一員なんです。2015年にNetflixが日本でローンチされた時に自分がすごく興奮した理由の大きな一つは、それがリアルタイムのプラットフォームだったからです。いまでこそAmazon Primeも有力作はリアルタイムで配信されるようになったし、Disney+も6月中に日本に入ってくると報道されてますけど、当時はNetflixだけだったから。

『トロールズ★ミュージックパワー』
『トロールズ★ミュージックパワー』 [c]2020 DREAMWORKS ANIMATION LCC.ALL RIGHTS RESERVED.

リアルタイムであることにこだわる理由は、参加していることがよりダイレクトに感じられるから。例えば映画館に作品を観に行くと、それは観客動員や興行収入につながる。それも一つの重要な作品への参加ですけど、ストリーミングの場合は即時に再生回数として、その作品のシリーズ・リニューアル(次シーズンの製作)や、そのクリエイターの次の作品につながる。だから、”役に立つ”っていうのは、作品のレファレンスやコンテクストをより深く理解するためのガイドになりたいという意味もありますけど、もっと言うと、“ポップ・カルチャーは参加できるものである”という意識を促すということかもしれません」

ーーおっしゃるように、日本で“ポップ・カルチャー”と呼ぶ時、海外のポップ・カルチャーを指すように感じる観客が多いと思います。それはなぜでしょう?

「映画に限らず、ポップ・カルチャーの“メインストリーム”と言われているものの需要が、21世紀に入ってから日本ではどんどん右肩下がりになっていった。その理由の一つは、これまでのようにレコード会社や映画会社といったコンテンツホルダーから、日本のメディアに潤沢な広告費が下りなくなったことです。『2010s』でも詳しく語ってますが、まずは本国のエンタテインメント業界の構造変化によって、出稿元の日本法人が本国への影響力や発言力を失っていった。そうなると、コンテンツホルダーからの広告収入によって記事を作るスキームで回っていた日本のメディアは、宣伝予算のある国内カルチャーしかメディアに載せなくなる。これは雑誌メディアに限らずウェブメディアも同様です。
メディアの情報を頼りにこれまでカルチャーを受容していたような人たちにとって、そうやってポップ・カルチャーが遠い存在になっていった。ドレイクでも『ブレイキング・バッド』でもいいですけど、そういうポップ・カルチャーのど真ん中のアーティストや作品を、長年日本のメディアがほとんど扱ってこなかったのは、単純に宣伝予算が下りないからです。お金にならないから記事も企画されないし、ライターも書かない。ここ10年、自分はそういう状況の中でずっと抵抗してきたという自覚があります。もちろん、メディアに影響されず、自分から能動的に映画や音楽やテレビシリーズを貪欲に摂取している人は日本にも一定数いますけどね」

ーー『2010s』は、まさに“能動的に摂取しようとする人”にはうってつけですよね。想定読者よりもしかしたら年齢層が低いかもしれませんが、高校生や大学生が何度もページをめくり、ポップ・カルチャーを摂取する燃料になるような本だと感じました。

「全国6か所で刊行記念トークイベントをやりましたが、想像以上に若いお客さんが多くてうれしかったですね。もちろん30代・40代の方にも読んでほしいですが、実際、10代・20代に向けて作った本という気持ちはあります。
さっきも言ったように、ポップ・カルチャーの大きな特徴は“レファレンスとコンテクスト”です。ある作品について考えるとき、常に過去の作品をレファレンス(参照)していくことで、新しいコンテクスト(文脈)が立ち上がる。

第92回アカデミー賞に現れたビリー・アイリッシュ
第92回アカデミー賞に現れたビリー・アイリッシュ 写真:SPLASH/アフロ

例えば、ビリー・アイリッシュみたいなスーパースターは突然現れたように見えても、そうじゃない。どうして彼女が世界中の期待を背負う存在として浮上してきたのか?には様々な背景と文脈がある。一つのきっかけが『13の理由』というNetflixオリジナルのテレビシリーズでした」

■宇野維正 プロフィール
東京都出身。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。雑誌、Webなどで多くの批評やコラムを執筆する。主な著書に「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)。最新作は音楽評論家の田中宗一郎との共著である「2010s」(新潮社)。

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