「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

インタビュー

「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー


ーー『コンテイジョン』、ストリーミングサービスでも連日ランクインしていました。『エンドゲーム』のジョー・ルッソ監督も、サノスは気候変動のメタファーだと明言していましたね。

マット・デイモン、ジュード・ロウらが出演した『コンテイジョン』は“予言的”と話題に
マット・デイモン、ジュード・ロウらが出演した『コンテイジョン』は“予言的”と話題に 写真:SPLASH/アフロ

「『人々の自粛や交通量の減少によって、空気がきれいになった』とか、コロナが環境に及ぼした“いい影響”も海外では盛んに報じられているじゃないですか。気候変動はもともと大きなテーマだったけれど、コロナショックをふまえて、今後はより多角的な取り組みが増えていくでしょうね。あと、“保守とリベラル”といった個人の価値観も、今後さらに揺るがされることになると思います。自分は個人事業主なので、いまは『映画館を開けよう』『移動の自由を』という主張に肩入れしがちです。日本の現政府はもう保守だか国を滅ぼしたいんだかわからない状態になってますが、それってアメリカでいうと共和党の価値観に近いわけですよね。
共和党の価値観のベースには、アメリカ特有のリバタリアニズム(自由至上主義)というものがある。トランプ大統領は共和党の中でも異端なんで、別にトランプにシンパシーがあるわけではまったくないですが、 今回、自分の中にあるリバタリアニズムについては相当強く自覚させられました。パンデミックのような大きな社会異変が起きた時に、『国は自分たちの生活を守るべき』と主張する動きももちろん重要ですけど、『自分の生活を脅かす連中とどう対峙するか』みたいなリバタリアン的“自衛”意識をこんな切実に覚えたことはこれまでなかったです。
とにかく、コロナウイルスに関しては、9.11や3.11と違って世界中でまさに同時進行で起こっていることだし、これまでとは違うインパクトを持ってカルチャーに影響を与えるでしょう。それは、アフターコロナの表現が今後世界各国から出てきた時に、日本人にとっても自分事としてアクセスできるということでもある」

ーー『2010s』では「映画は時代のある瞬間の出来事に対する瞬間的なコメンタリーで、テレビシリーズは、時代の変化そのものをキャプチャーすることができる」とも書かれていました。コロナに関しては、それぞれどういう向き合い方になるんでしょう。

「うーん、それを考えるのはまだ早いんじゃないでしょうか。公開が遅れているだけじゃなく、単純に撮影が止まっちゃっている、という物理的な問題もあって、事実上ほぼ空白の一年が生まれてしまう。いま、泣きながら脚本を書き変えているクリエイターが世界中にたくさんいるだろうから(笑)、その苦労は現場の方々に任せるしかない。この状況を踏まえて脚本を変更するということだけじゃなく、撮影現場でモブシーンが撮れないという問題もあるし、『007』や『ワイルド・スピード』のように世界の各都市をまたにかけられないという問題もありますしね」

『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』は2021年公開予定
『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』は2021年公開予定 [c]2020 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved...

ーー撮影クルーも移動できないですもんね。

「きっとVFXの役割が大幅に増えていくんでしょうね。そうやって、あらゆる面での影響があまりにも大きいうえ、それが作品に表れてくるのは2年くらい先ですよね。音楽はクイックにやっているけど、ドレイクでもドージャ・キャットでも、最近リリースされる楽曲のMVにはほとんど一人しか映っていなかったり(笑)。完全に映像表現も変わってしまっている。

映画やテレビシリーズに求められるのはそのクイックさではなく、アナロジーとしていかにフィクションの世界に持ち込むか、新しい価値観をフィクションの世界でどう表現するか?ということになると思います」

ーー“新しい価値観”というのは、ユーザーにとっての当たり前が変わる、みたいなことですか?

「それもそうだし、変えていくべきだと思うことは本当にたくさんある。最後に『2010s』の話に戻ると、言葉の使い方もその一つだと思います。“海外ドラマ”って言葉とか『もう使うのやめませんか?』って思うんですよ。ドキュメンタリーやアニメーションやコメディもドラマの延長上で見られているし、重要な作品がとても多い。そういう実態に対して、“海外ドラマ”ってあまりにも狭い言葉ですよね。自分の文章では意識的に『テレビシリーズ』しか使わないようにしているし、原稿を直されると、直し戻したりっていうのを毎日繰り返してる(笑)。あと、もちろん“洋楽”や“洋画”という言葉もそう。『じゃあ、K-POPは洋楽なの?台湾映画や韓国映画は洋画なの?』っていう。その“洋”ってもともと西洋の“洋”だったわけで『それっていつの時代の認識だよ』って話です。『外国映画』ですら、できるだけ使わないようにしている。
自分がアドバイザーをしているリアルサウンド映画部では、年間ベストで外国映画と日本映画は絶対分けないようにしています。“ベスト10本の中に日本映画が入ることの意味”みたいなものがそこにはあるわけで、そういうことから目を背けてきたことの成れの果てがいまの日本のカルチャーの惨憺たる状況だと思うから。例えば、今年フランスのメディア・コングロマリットに買収された後に独立性が保てないということで自ら解散しましたけど、『カイエ・デュ・シネマ』誌が年間ベストを『シネマ・フランセ(フランス映画)』と『シネマ・ル・モンド(外国映画)』で分けるなんて想像できないでしょ? でも日本では、そういうことを延々とやってきた」

ーーアカデミー賞も、いくつかのルール変更がありました。配信作品を候補に入れること以外に、「外国語映画賞(Foreign Language Film)」から「国際長編映画賞(International Feature Film)」に名称変更されたというのも、同じ話かもしれません。

第93回アカデミー賞では配信作品の候補入りほか、様々なルール変更が行われる
第93回アカデミー賞では配信作品の候補入りほか、様々なルール変更が行われる

「まさにそうですね。“ストリーミング・サービス”って言葉と違って、サービスの本質を捉えてない“サブスク”って言葉も自分は絶対使わないようにしてるし、どうしてもヒップホップと使わなきゃいけない場面以外はラップ、自分が関わっているのはサブカルではなくてポップ・カルチャーと、孤軍奮闘なんですけれども(笑)、常日頃から常に言葉の使い方を意識していて。
いま、文化に国の補償がなかなかされない背景にも、もしかしたら、この国の多くのカルチャーが、ずっと“サブカル”という言葉やその意識の中で、外側の世界から自分たちのトライブを切り離してきたことがあるかもしれない。この取材の最初にも言ったように、本当は政治も音楽も映画もテレビシリーズもアニメーションもゲームもファッションもお笑いも『全部つながっている』のに、自分たちからそのつながりを積極的に切断してきたんじゃないかって思うんですよ。
ハイカルチャーとかサブカルチャーとか関係なく、カルチャーはカルチャーだし、それが国境や言語をまたいで共有されているものがポップ・カルチャーで。そのポップ・カルチャーの世界に、当たり前のように日本の表現者の作品もたくさん入ってくることを、今後はさらに期待したいです。
配信リリースの件もアカデミー賞のルール変更の件も、すでに大きな流れは始まっていたことで、それがコロナショックを受けて早まっていくのは確実です。もしかしたら世界はそこまで大きく変わらないかもしれないけれど、カルチャーを取り巻く環境に関してはコロナ以前/以降ですっかり変わってしまうからこそ、2010年代の10年間に起きたことを正確に認識しておく必要があるんじゃないか。この本を、その手掛かりにしてもらえるとうれしいですね。ディケイドの総括としてだけじゃなく、もう一つの役割が生まれてしまった、という気がしています」

「2010s」は絶賛発売中
「2010s」は絶賛発売中 著/宇野維正、田中宗一郎 新潮社刊

取材・文/編集部

■宇野維正 プロフィール
東京都出身。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。雑誌、Webなどで多くの批評やコラムを執筆する。主な著書に「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)。最新作は音楽評論家の田中宗一郎との共著である「2010s」(新潮社)。

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