「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

インタビュー

「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー


ーー新型コロナウイルスの影響を受け、エンタテインメントにどうお金を払うのか?という価値観も、変わってくるかもしれません。そもそもNetflixやAmazonPrimeVideoなどのストリーミングサービスが変えたところも大きいですが。

「Amazon Primeって、アクセスできる作品の量からすると、日本での年会費はバカみたいに安いですよね(編集部注:アメリカでは年間119ドル)。月400円程度であんなに膨大な映像コンテンツが観られるのって、やっぱりおかしいこと。でもAmazonにとってはAmazon Primeってサービスの一つでしかなくて、Amazonで物を買ってくれる習慣ができればそれでいい、という戦略なんですよね」

ーーDisney+も、コンテンツ課金での収益というより、ディズニーというブランドを好きになってもらい、ディズニーリゾートへ足を運んだりグッズを購入したりしてくれることが大事と言えそうです。

6月に日本でもローンチ予定のDisney+
6月に日本でもローンチ予定のDisney+ The Walt Disney Company/Image Group LA

「そう。だから簡単に価格を比較するのは難しいんですけど、コロナ以降、確実に映画やライブって特別なものになりますよね。ライブはもちろん、映画も含め“体験型エンタテインメント”が、よくも悪くも差別化される。長期的には価格も高くなるでしょうし、映画館はそれに見合ったサービスを提供することが求められていくでしょう。
でも、これはいろんなところで言っていますが、映画と動画ストリーミングサービスは本質的には敵ではなく共存共栄できるもの。ストリーミングと共存できないのはレンタルビジネスとソフトビジネスです。Netflixが大きな力を持ったことによって、何十年も続いてきた映画産業のインナーサークルとは違う新たな競争が生まれていて、それは映画界にとって大きな刺激になっている。人材や作品の奪い合いもそうだし、作品の仕上がりもそうですよね」

ーーこれも別のインタビューでおっしゃっていましたが、ストリーミングサービスの敵は、「フォートナイト」みたいなゲームだったりする。“時間の奪い合い”だと。

「いまやゲームは、アーティストにとっては発表の場になっているし、プロモーションの場も広がっています。海外で『ジョン・ウィック』シリーズの人気が高まったのも、まさに『フォートナイト』とコラボしたから。日本では『マトリックス』は観たけど『ジョン・ウィック』は観たことない、という人はたくさんいて。それは数字が証明していますよね。でも、『フォートナイト』をやっている小学生は、ジョン・ウィックもトラヴィス・スコットも知っているという状況が生まれていて(笑)。おもしろいですよね」

キアヌ・リーヴスが躍動する『ジョン・ウィック:パラベラム』
キアヌ・リーヴスが躍動する『ジョン・ウィック:パラベラム』 写真:SPLASH/アフロ

ーートラヴィス・スコットはゲーム内で、最新楽曲を世界初公開するツアーイベントを行ったんですよね。子どもたちにとって、キアヌ・リーヴスは「Fortnite Guy(フォートナイトおじさん)」という扱いになっていて、本人が困惑している…なんていう話もあります(笑)。

「さっきは10代、20代と言ったけれど、もっと下の年代も含めて自然とカルチャー受容の仕方は変わっていくだろうし、それが今回のコロナで加速していく。ここまで話してきたように、そもそもこれまでの日本のカルチャー受容の在り方や、宣伝の仕方を自分はまったくいいと思ってこなかったから。ずっと『全っ然違うよな!』と思ってきたことの積み重ねがこの本(『2010s』)なんです」

『TENET テネット』の最新予告が「フォートナイト」で披露されたことも近日大きな話題となった
『TENET テネット』の最新予告が「フォートナイト」で披露されたことも近日大きな話題となった 画像はフォートナイト(@FortniteJP)公式Twitterのスクリーンショット

ーー少し話を戻して、“リアルタイム性”について聞かせてください。作品のリリースに対してリアルで参加することと、作品が持つ同時代性に反応することはちょっと違うのかなと思うんですが。また、『2010s』から引用するとーー“政治的な妥当性”を持った作品って、コロナ以降はどうなっていくんでしょうか?

「レイヤーは違うものの、つながっていると思います。同時代の作品を観れば、いま海外でなにが起きているかがわかる。海外のポップ・カルチャーに日常的に接していれば、ジェンダーの問題にせよ、人種の問題にせよ、本人が無自覚に発した言葉や行動が問題視されるようなことは減っていくと思います。自分が一番嫌なのは、『いまのアメリカの映画や音楽はポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)にがんじがらめになっている』みたいなことを、同時代の作品をろくに観ていない人が言うこと。そんなことは当たり前に認識した上でなにを表現するか?という段階にとっくに入っているのに、同時代のポップ・カルチャーを批判する時に『ポリコレ』という言葉を使う人が多いんです。それは二重にも三重にもズレた認識です。

それと、日本ではいまだに無自覚な女性差別も多いですけど、本っ当に、無自覚な人種差別も多い。これは声を大にして言いたいんですが、受け手だけじゃなく、コンテンツホルダーにも大きな問題があると思ってます。黒人やカラード(有色人種)が主人公の作品だから売れないだろう、という偏見や先入観によって日本公開が見送られることが当たり前のようにいまでもおこなわれてる。海外ではセレブリティを表紙にするファッション誌の半分くらいはカラード(有色人種)ですよね。でも、チャドウィック・ボーズマン、ドナルド・グローヴァー、アジズ・アンサリあたりが表紙になってる雑誌の日本版ではそれがスルーされて、『まあ、本国版がダニエル・クレイグだったら日本版でも表紙にしよう』となる。もうそこには人種差別の意識すらなく、完全に白人崇拝が内面化しているわけで、余計にやっかいです」

『ブラックパンサー』で一躍スター入りしたチャドウィック・ボーズマン
『ブラックパンサー』で一躍スター入りしたチャドウィック・ボーズマン 写真:SPLASH/アフロ

ーー「採用しない」こともそうですが、「特集で扱うラインナップのうちの一人に、カラード(有色人種)を入れておかないと」というのも、人種差別に含まれるでしょうし。

「ハリウッドスターの人気ランキングも当たり前のように全員白人で、しかも20年前、30年前からいる人達。大衆における情報の更新がまったくされていない。メディアの無自覚な罪は大きいと思いますよ、本当に。…あれ、なんの話だっけ?(笑)」

ーーコロナ以降の作品が持つ“政治的な妥当性”って、どうなっちゃうんでしょう?という話でした(笑)。

「うーーん、どうなんだろう。9.11が起きた時、直接9.11を扱った作品はたくさん生まれましたが、必ずしも傑作が多かったわけではない。『ゲーム・オブ・スローンズ』にせよMCUにせよーーMCUは映画のかたちをしたテレビシリーズみたいなものだからーー架空の世界において、現実世界のアナロジー(類似)をいかにやっていくかが問われていくような気がします。
9.11が起きた時やトランプ大統領が誕生した時がそうだったように、コロナを直接テーマとして扱った作品は現れるだろうけど、『コンテイジョン』なんてほぼ10年前にそれを描いているわけだし、『アベンジャーズ/エンドゲーム』でも相当近いことを描いている」

■宇野維正 プロフィール
東京都出身。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。雑誌、Webなどで多くの批評やコラムを執筆する。主な著書に「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)。最新作は音楽評論家の田中宗一郎との共著である「2010s」(新潮社)。

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