芸術か記録か…大きな論争を呼んだ映画『東京オリンピック』を振り返る
本来ならば、今年は「2020年東京オリンピック・パラリンピック」で日本が、そして世界が盛り上がるはずだったが、周知の通り、新型コロナウイルスの影響で現在は延期中となっている。日本で五輪が開催されるのは1964年以来で、この時に大会の記録映画『東京オリンピック』(65)が製作された。そんな本作が4Kデジタルリマスター版のBlu-rayとなって発売となり、7月18日にはBSプレミアムにて放送もされたばかり。そこで今回は、当時を知る上でも貴重なアーカイブである、このドキュメンタリー映画について振り返ろうと思う。
オリンピックを記録するという大役を任されたのは、『ビルマの竪琴』(56)、『犬神家の一族』(76)などで知られる巨匠、市川崑。総監督を務めた市川は、妻の和田夏十(市川作品のほとんどで脚本を担当)、『野獣死すべし』(59)などで知られる脚本家の白坂依志夫、詩人の谷川俊太郎による布陣を組み、記録映画にもかかわらず、緻密な脚本を執筆し、これをもとに撮影を行うという手法をとった。絵コンテまで用いて出来上がった映像は、市川の映像センスがあふれる芸術性の高いものとなるが、これにより「芸術か記録か」という大論争を巻き起こすことに。
本作は冒頭から異質さを極める。まばゆい太陽が映ったか思うと、大きな鉄球が轟音を立てながらビルを破壊するシーンで幕を開け、新たな競技施設建設のためにあちこちで工事が行われ、かつての姿を失っていく東京の姿をカメラは捉えていく。さらに、大勢の人や車でひしめき合う東京の街並みをバックに、「東京オリンピック」というタイトルロゴが登場。おどろおどろしい劇伴まで流れだすなど、まるでサスペンス映画を観ているような気分にさせられる。発展し続ける東京や日本をどこか憂うるような視点で映画はスタートするのだ。
実は脚本を作ることは、前もって大会組織委員会に提出する必要があったためで、市川による案ではない。しかし、脚本の序文に「『尊いものはほんもので、つくったものはまやかしだ』という信仰をこつぱみじんに砕かねばならない」との言葉が記載されており、当初からただのドキュメンタリーにするつもりはなかったと考えられる。
そして、市川のイメージする画に近づけるため、聖火ランナーが暗闇から走ってくるシーン、女子体操のチャスラフスカが平均台で演技をする印象的なカット、カヌー競技の模様など、時には後から別撮りしたものや、本番ではなく練習風景を撮影したものが使用され、効果音もほとんどが後付けだった。その結果、関係者試写会で本作を鑑賞したオリンピック担当大臣の河野一郎が「記録性を無視したひどい映画」とコメント。一時は、修正を求められた市川だったが、彼を擁護する女優の高峰秀子の後押しもあり、最終的には河野の理解を得ることができた。
このように物議を起こした作品ではあるが、撮影には103台ものカメラを用意し、40万フィートのフィルムに、240時間分もの録音テープを使用。スタッフは総勢556名に及び、撮影、編集に莫大な労力をかけられているなど、作家性を重視したかったわけではなく、市川なりの意思でオリンピックを後世に残そうとした結果だったと思われる。
2000mmの望遠レンズを使った映像は選手の表情の変化や額の汗までも捉え、7時間超えの長丁場となり、最後はアメリカ人選手とドイツ人選手による一騎打ちとなった棒高跳びには物語性がある。各々のルーティンでモーションに入る砲丸投げ選手たちの仕草もしっかり収められているなど、アスリートの心情に寄せられたドラマチックな映像になっている。そして、本作が公開されると、国内で興行収入12億円以上を記録し、カンヌ国際映画祭国際批評家賞、英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞を受賞。国内外で高い評価を獲得し、現在にまで語り継がれる名作となった。
競技以外にも、オリンピックに沸く東京の街並み、大会を運営するスタッフや審判、整備員の人たち、プレスセンターでせわしなくタイプを打つ各国の記者陣、長嶋茂雄と王貞治が並んで競技を見ている姿も確認できる本作。オリンピックが人々にとってどういう存在なのか、半世紀以上も前に収められたこの映像から、改めてそれを確かめてはいかがだろうか?
文/トライワークス
4Kリマスター版Blu-ray 発売中
価格:4,700円+税
発売・販売元:東宝