スパイ映画の魅力と実験精神が融合!C・ノーラン監督の意欲作『TENET テネット』をレビュー
「007」のエッセンスも盛り込まれたスパイアクション
かねてより「007」ファンを公言し、一時は監督候補として名前も挙がっていたノーラン。それだけに『テネット』にはスパイ映画の魅力もしっかり盛り込まれている。オープニングのウクライナに始まり、イギリス、インド、ノルウェー、べトナム、エストニア、ロシア…。世界各国で暗躍するスパイの姿はこのジャンルの醍醐味だ。主人公のジェントルマンな振る舞いや、堂々と敵のクルーザーに乗り込む大胆不敵さ、マリンスポーツをこなす姿はジェームズ・ボンドを彷彿とさせる。
敵対する大富豪セイター(ケネス・ブラナー)の“ロシア訛りの強豪”のイメージも、「007」はじめ米ソ冷戦時代に製作された往年のスパイアクションの悪役だ。ちなみにノーランが少年時代に最初に観たボンド映画が『007/私を愛したスパイ』(77)。この作品の敵役で、米ソ間の核戦争を画策する海の大富豪ストロンバーグがセイターのヒントであろうことは想像に難しくない。
セイターの美しき妻キャット(エリザベス・デビッキ)はボンドガールの役どころだが、暴力的なパトロンから逃げようともがく『フォロウィング』の金髪美女を重ねる人もいるはず。主人公とニールとのバディ感は、『コードネーム U.N.C.L.E.』(15)や、そのオリジンであるテレビシリーズ「0011ナポレオン・ソロ」を思わせる。
ノーラン映画の特徴の一つが徹底した実写主義。激しいカーチェイスはもちろん、大型旅客機ボーイング747が車両を蹴散らしビルへと激突するシーンも実際の車や航空機を使って撮影された。CGに頼らないノーランの姿勢は可能な限りリアリティを追求した結果。本物で撮影できるならそれに越したことはない。
そんなノーランの“本物志向”を現すもう一つの要素が、フィルムによる撮影だ。現在、映画撮影はデジタルシネマカメラが基本だが、『テネット』の撮影は65mm(70mm映画用撮影)フィルムと、65mmをベースに約3倍もの面積を持つ高精細なIMAX用フィルムを併用。通常の65mmは室内の会話シーンを中心に、アクションを含む主要シーンはIMAXで撮影された。ちなみに4〜8Kが主流のデジタルシネマカメラに対し、IMAXフィルムカメラの解像度は実に15K。ノーランのこだわりを味わうなら、IMAX対応シアター(可能ならIMAXレーザー/GTテクノロジー対応館)がオススメだ。
かつてない映像と、時間を巧みに操った世界観で観る者を翻弄する『テネット』。超大作でありながら、実験精神を前面に出したノーランの真髄が味わえる意欲作をスクリーンで体験してほしい。
文/神武団四郎