“家”で観ると、映画はもっとおもしろい!美術監督、磯見俊裕が語る『望み』邸宅へのこだわり
『犯人に告ぐ』(07)や『検察側の罪人』(18)でも知られる雫井脩介のベストセラー小説を、堤幸彦監督が映画化した『望み』(公開中)。登場するのは、建築家の父、やさしい母、高校生の息子、中学生の娘の4人家族だ。ある日、失踪した息子が殺人事件に関与している可能性があると分かり、生活は一変。家族それぞれの想いが交錯する。
本作において存在感を放っているのが、主人公の建築家、石川一登(堤真一)が自ら手掛けたたという設定のスタイリッシュな“石川邸”である。幸せな一家が日々の生活を送るこの家が、事件後は一転、世間の目やマスコミから家族を守る籠城としての役割も果たす。この石川邸のセットをデザインしたのは、これまでに是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)ほか、様々な監督たちとの作品で手腕を発揮してきた美術監督の磯見俊裕だ。堤監督とは『人魚の眠る家』(18)に次いで2作目となる彼に、文字通り、本作の“舞台裏”と、映画にとっての“家”が果たす役割について語ってもらった。
「一登は住んでいる家族にも“人に見せる生活”を強要してしまうのではないか」
セットのプランを定めるにあたって、美術監督を導くのは、なんといっても演出の必要性。最初の打ち合わせでの堤監督からのリクエストは「建築家本人が建てた、モデルルームとしても使える住居」だったという。
「彼は自宅をモデルルームのように、お客さんに見せながら営業をしている。なので、きっと住んでいる家族にも“人に見せる生活”を強要してしまうのではないかと思いました。一方で設計には、家族のために、という思い入れもある。1階は一時期流行った“子どもたちと親が一緒に生きている”というニュアンスを込めた、仕切りのないワンルームにしています。僕は、父である一登が“家族みんなのことを一生懸命考えて作った場である”ことをアピールするような、ちょっと一人よがりな空間…という風に受け止めたんですけどね(笑)」
石川邸の外観は、実際に人が住んでいる家を撮影し、室内は角川大映スタジオにセットを作った。「もともとの建物の外壁は白い石風のコンクリートの建材を使っているのですが、植木などはなく、すごく無機質な印象だったんです。そこで、背の高い樹木を持ち込んで、家の外に置くことにしました。見た目の問題だけでなく、そこに緑を置かないと、セットの室内から外を撮った際、外が丸見えになってしまう。実はセットの周りは畑や田んぼだったので、緑を入れることで外の景色をぼやかしているんです」
自宅の右隣には、一登の設計事務所がある。同じ敷地内に自宅と離れを建て、その離れを事務所として使っているという形だ。「これも元はプレハブみたいな平屋の建物だったので、前面を覆って、母屋の自宅と同じようなデザインにしました。それと、表札がついた門柱の部分は、劇中では落書きされてしまうんですね。そこで、やはりもともとあった門柱の全体を覆った後、白い枠で囲って、落書きが目立つようにしています。この白い外枠の中が石という門柱のフォルムは、設計事務所の外壁やセットのリビングの壁のデザインと同じ。いかにも建築家が作った風のデザインにして、わざとらしく統一感をだしています」
「貴代美の仕事場を設けたのは、映画オリジナルのアイディア」
キャストたちの芝居場のメインとなるのが、ダイニングとアイランドキッチンを中心にした1階のリビング。フリーの校正者である妻・貴代美(石田ゆり子)の仕事場をリビングの一角に設けたのは、映画オリジナルのアイディアで、磯見は「あれだけの広いリビングですからね。一登としては、一応、奥さんに表面的な気をつかっているつもりなのでしょう(笑)。当初の案よりは、立派な空間になってしまったのですが…」と笑う。
ちなみに、存在感のあるダイニングテーブルは250万円もする高級品。「樹齢何百年もの屋久杉を一枚板のテーブルにしたもので、木の節の部分をアクリルで固め、表面は個性的な杢目になっています。見た目はおもしろいんですけど、子どももいる家庭の食卓には、なかなか選ばないだろうなぁという感じ。そうした家具一つひとつにも、一登のこだわりが表れています」