生き様が胸に刺さる!未来的ファッションとともに辿る『ピエール・カルダン』の世界
“モード界の異端児”と呼ばれるファッションデザイナー、ピエール・カルダン。御年98歳ながら、いまだ現役で活躍し続ける彼の人生に迫ったドキュメンタリー『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』が現在公開中だ。輝けるそのキャリアを、彼の名を冠したファッションブランド「ピエール・カルダン」とともに紹介する。
2020年に70周年を迎えるピエール・カルダンは、巨大コングロマリットとは距離を置き、新陳代謝の激しいファッション界において、創立者のカルダンがいまも采配を振るう伝説のブランド。現在、110か国でライセンスビジネスを展開しており、そのロゴマークは世界中で認知されている。SF映画に登場しそうな未来的なコスモコール・ルックのデザインが特徴で、長きにわたって熱狂的な支持を獲得してきた。そんな革新的なブランドを作り上げたカルダンの人生もまた、驚きと独創性にあふれたものだった。
占い師の言葉でファッションデザイナーへの道が拓ける
1922年、イタリアに生まれたカルダンは、2歳の時にファシズムが台頭する祖国からフランスへ家族とともに脱出する。大人になり、オートクチュール(高級仕立服)のメゾン(会社や店のこと)に入りたいと考えた彼は、憧れの地パリを訪れる。そこである占い師から「マダム・パカンのメゾンに入るといい」というお告げを受け、サン=トレノ通り82番地を目指すが、誤って2km離れたエルメス通りに来てしまう。しかし、道を尋ねようと声をかけた男性が、偶然にも目的地の人だったということからも、スタートラインから彼は強運に恵まれていたことがうかがえる。
パカンのアトリエに入ったカルダンは、ジャン・コクトーの『美女と野獣』(46)の衣装や仮面制作を担当。その後、コレクション・デビュー時のクリスチャン・ディオールのもとで働き、1950年に独立。自身のアトリエを構えると、バレエ、演技、映画のコスチュームを数多く手がけていく。そして、53年に初めてのオートクチュール・コレクションを発表すると、ELLE創刊者のエレーヌ・ラザレフらに実力を認められ、一躍注目の的となった。
ファッション界に巻き起こした革命
1960年代前半は富裕層向けのオートクチュールが全盛期だったが、カルダンは「私の目標は一般の人の服を作ること」と宣言し、59年にプレタポルテ(高級な既製服)市場にも参入。憧れの新作が手ごろな価格で手に入る“モードの民主化”は庶民に歓迎され、翌年には男性モード界にも進出し、クラシックなスーツ一辺倒だった紳士服に、モダンなプレタポルテ・コレクションを投入している。
250人のモデルを起用したメンズショーを初開催し、カルダン旋風が巻き起こると、ビートルズもカルダンの襟なしジャケットを着用するなど、アーティスト御用達のブランドとしても人気に。また、白人女性が主流だったファッションモデルに日本人の松本弘子や黒人モデルを起用し、次々と先進的な取り組みを行っていく。しかし、そういった既成概念を壊す姿勢が、モード界の逆鱗に触れてしまい、フランス オートクチュール組合会員から除名されてしまう。
ブランドの世界観を広めるため、ワールドワイドに活躍
逆風が吹いても歩みを止めないカルダンは、自身の世界観をファッション以外にも広めるため、デザイナーとして経営基盤を支えるライセンスビジネスに参入する。航空会社のユニフォームや自動車、飛行機、家具、香水、タオルなどのデザインを手がけ、ブランドのロゴを世界に浸透させていった。また、共産圏のソビエト連邦や文化大革命終了直後の中国でもファッションショーを開催。中国では万里の長城が会場となり、まだ人民服を着ていた国民の憧れを掘り起こし、中国市場をいち早く切り拓くことに成功している。
日本にも1958年に初来日を果たしており、1か月にわたり東京で立体裁断講座を開講。立体裁断とは、人体やボディに直接布を当てて形をとり、裁断する方法で、平面上で作図した型紙を使うよりも曲線的なシルエットを作りやすい。この講座にはデザイナーの桂由美、森英恵、高田賢三らも受講しており、平面裁断が主流だった日本に新風をもたらしている。
芸術への絶え間ない支援と名女優との関係
かつて舞台俳優を志していたカルダン。1970年には劇場を買収して、「エスパス・ピエール・カルダン」を開設。フランス国内外の才能ある新人にデビューの場を提供すると同時に、各国の伝統芸術を紹介して国際文化交流にも貢献。ハリウッドでも活躍するフランスの名優、ジェラール・ドパルデューもカルダンに見いだされた一人だ。この劇場は2012年に手放されたが、現在は映画館を併設した新エスパス・ピエール・カルダンを新たに建設中で、01年にラコストで購入した城では、毎夏に野外フェスティバルも開催している。文化・芸術への造詣が深く、このドキュメンタリーのインタビューでもたびたび「芸術家でありたい」と語っている。
プライベートはあまり明かされていないカルダンだが、ゴダールやトリュフォー、ルイ・マル、ドゥミなどヌーベルバーグの監督たちに愛されたフランスの名女優、ジャンヌ・モローとの関係はよく知られている。その始まりはココ・シャネルの紹介で、モローからの猛烈なアタックがあり、数年間、カルダンと彼女は公私におけるパートナーとなった。ふたりが組んだ作品には、『天使の入江』(63)、『バナナの皮』(63)、『マタ・ハリ』(64)、『愛すべき女・女たち』(67)などがある。
劇中では、本邦初公開の記録映像や、カルダン本人に加え、ナオミ・キャンベルやアリス・クーパー、シャロン・ストーンといった著名人らへのインタビューも登場。ファッションやアートへの情熱を持ち続け、ポジティブを貫くその姿は、クリエイティブに生きたいと願う人たちの心に刺さるはず!
文/平尾嘉浩(トライワークス)