是枝裕和とホアン・シー監督が語り合う、『台北暮色』の魅力と巨匠の素顔。「作りながらなにかを探し求めていた」
第33回東京国際映画祭の新たな取り組みとしてスタートしたトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」。国際交流基金アジアセンターと共催のもと、アジア各国・地域を代表する映画監督と、日本の第一線で活躍する映画人とが様々なテーマでオンライン・トークを展開していく。
11月2日に行われた第2回は、本イベントの発案者である是枝裕和監督が登壇し、台湾の俊英ホアン・シー監督がオンラインで登壇。ホアン・シー監督の監督デビュー作となった『台北暮色』(17)の裏話や、台湾映画界の巨匠ホウ・シャオシェン監督について語り合った。
ホアン・シー監督はニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツ卒業後、台湾に戻りホウ・シャオシェン監督のテレビCMや『憂鬱な楽園』(96)でプロダクション・アシスタントを経験。『黒衣の刺客』(15)で助監督を務めた後、『台北暮色』で監督デビュー。現代の台北を舞台に、孤独に生きる3人の男女の物語がつむがれていく同作は、台北映画祭や金馬奨など多くの賞を受賞している。
「翻訳されたタイトルが映画の本質を語ることがある」(是枝裕和)
是枝「なにより『台北暮色』が本当にすばらしかったということを直接お伝えしたかった。2人でホウ・シャオシェンについて話ができればと思っていました」
ホアン・シー「声をかけていただいただけでうれしくて光栄ですが、まさか是枝監督が私の映画を観てくださったなんて。とてもドキドキしています」
是枝「いきなり変な質問ですけど、最初に日本で上映された映画祭では『ジョニーは行方不明』というタイトルがついていました。そして公開した時に『台北暮色』となりましたが、監督的には良いタイトルですか?」
ホアン・シー「『ジョニーは行方不明』というタイトルを見て、素敵なタイトルだと思いました。その後公開される時に『台北暮色』とタイトルがついた時に、おそらく配給会社のいろんな想いが込められているのだと感じました。ホウ・シャオシェンも、エドワード・ヤンの『台北ストーリー』から付けられたのでは、と言っていましたが、私もおもしろいタイトルだと思いましたよ」
是枝「翻訳されたタイトルが、オリジナルのタイトルよりも映画の本質を語ることがしばしばある。この映画では、たしかにジョニーを探す電話がきっかけになる映画ではあるけど、その“探している”という行為を通して描かれるのは、人だけでなく台北という街、そして光だと思うんです。監督がこの映画を通して描きたいと思っていたことに近いんじゃないかと思いました」
ホアン・シー「おっしゃる通りです。私にとって監督第一作で、作りながらひたすらなにかを探し求めていました。探しているという、不確定な現実のなかにいることが、この映画に表れていたと思います。光と闇が交差する色合いを作ってくれたのは、撮影監督のヤオ・ハンギ。私に強いインスピレーションを与えてくれ、私が思い描いているよりもずっと素晴らしい台北の街をとらえてくれました」
是枝「とくに印象的なワンカットがあって、逃げたインコを探しながらシューが街に出た時に、カメラがシューに寄っていくのではなく、すっと引いて、緑の中を歩くシューの姿を見せてくれる。それによって街に響いているいろんな音が聞こえてくる。あのカメラワーク、あのカットを見た時に、これがなにを見せたい映画なのか納得できました」
ホアン・シー「私自身もあのシーンはとても好きなシーンです。良い撮影場所を選んでくれたロケーション・マネージャーに感謝しないといけませんね。あれは台北の植物園のすぐそばで、背の高い木が繁ってる場所でした。シューを演じたリマが鳥を探して歩いていく、その周りには高い木々が植えられている。普段、私たちは街を歩いてても木の高さを意識しないですが、あのアングルから木の高さを見ることで、人間がすごく小さく見える。それを感じさせるようなシーンにしたかったのです」
是枝「映画の特徴としていろいろな光が捉えられていると同時に、音にもすごく注目したいです。電車や車であったり、乗り物自体が持つ音もそうですが、なんといっても生活の音。玉すだれの音や料理をする音、街の中では遠くから人形劇の楽器の音が聞こえてくる。遠くからかすかに聞こえてくるという遠近感の設定は見事でした。どういう音に主人公3人が出会うのか、脚本に描かれていたのでしょうか?」
ホアン・シー「サウンドデザインについては、脚本を書いている段階で概ねありましたが、基本的には撮り終えてミキシングをする段階になって、こんな音が台北の街にあるんだと発見しました。そこに注目してくださって、サウンドデザインのスタッフも喜ぶと思います」
是枝「ちょっと個人的な話になるのですが、僕の父は台北で生まれているので、戸籍には住所が残っている。その場所に行くと、いまだにその地域には多くの日本家屋が残っているんです。台北って一本路地に入ると、この映画にも出てきたけれど、外で将棋をしてる人やお茶を飲んでいる人とか、家の内と外が明解ではないような場所がいっぱいあって、いろんな表情が雑多に存在しているのがとても魅力。父の生まれ故郷だということ以上に、行くととても安心する場所。そういう台湾が、『台北暮色』の中には見事に描かれていました。個人的にはそれがすごく作品に感動したところです」
ホアン・シー「本当にありがとうございます。とてもうれしいです」