SF版“ワイスピ”?!『スカイライン』シリーズのリアム・オドネル監督、創作の原点は『プレデター』
「NG集は映画におけるカーテンコールのようなもの」
――前作も今回もエンドクレジットでNG集が流れますが、あれはジャッキー・チェン作品の影響でしょうか?
「もちろん。とにかく、VFXの作業には時間がかかるので、前作のポストプロダクション作業時、その間にジャッキー作品のようなNG集を作ってみた。スタッフに見せたら皆、大爆笑していたので、これは使えると思った。今回は、エイリアンのスーツを前作から改良して歩きやすくしたので、スーツアクターが転ばなくなったのは誤算だったね(笑)。NG集は映画におけるカーテンコールのようなものだね。これまでならソフトの特典映像として収められてきたけれど、最近は配信で観る人も多く、限られた人しか観ることができないのはもったない。できるだけ多くの人に観てもらいたいので、エンドクレジットに入れてしまおうと思ったんだ。シリーズのファンベースも広がっているし、ファンを楽しませるという点で、NG集は面白い要素だよ」
――シリーズものには3作でひとまとめというトリロジー的な観点もありますが、本作を作るうえでそれは意識しましたか?
「1作目と2作目を総括する、という意識はあった。技術的には、先にも述べたけれど、1作目のスローモーションと2作目のカンフーの融合とか。2作目は手持ちカメラでの撮影を重視したので、それができなかったからね。ストーリーの点では、1作目のラブストーリーの要素と、2作目の家族愛のエッセンスを組み合わせたドラマを作ろうと努めたよ」
「『スカイライン』シリーズはSF版『ワイルド・スピード』だ」
――「エイリアンによる大量殺戮を世界各地で撮ることで、子どもの頃の夢が実現した」と、監督は以前語っていましたが、子どもの頃から、こういう映画を撮りたいと考えていたのですか?
「そうだよ。僕が子どもの頃に最初に観たR指定映画は『プレデター』だった。完全に入れ込んでしまって、あんな映画を撮りたいとずっと思っていたんだ。『プレデター』にもエンドロール前に役者たちが素の顔を見せるクレジット場面があるけれど、あれもNG集で俳優の素が見えるという点では、僕の映画に影響を与えている。『ターミネーター』や『アバター』にも影響を受けたけれど、そもそもをたどると、そこに行き着く。全ての観客を喜ばせたいという意識はもちろん持っているけれど、その前にまず『プレデター』を観た12歳の頃の自分を楽しませたいという気持ちがあるんだ。自分が好きなものからスタートして、そこから観客にも楽しみを広げたい。僕の好きなものとは、たとえば本作では、エイリアンの母星や、そこに棲息する良いエイリアンや悪いエイリアン、突然変異によって生じたエイリアンまで、さまざまなキャラクターを登場させたこと。自分の中の、子どものようなSFマニアの部分を解放して作った設定だ。ファンには、きっと楽しんでもらえると思うよ」
――シリーズ4作目にも期待を抱かせるエンディングでしたが、次作の可能性について教えてください。
「もちろん考えているよ。2作目で主演を務め、本作ではスペシャル・サンクスでクレジットされているフランク・グリロは、もしかしたら再登場するかもしれない。現在は脚本を書き始めている段階だけれど、こういう時代だし、続編の実現は正直、困難だ。今後どうなるかは僕にもわからないけれど、それでも希望は持っている。僕は『スカイライン』シリーズを『ワイルド・スピード』シリーズに例えて話すことがあるけれど、これはまさにSF版『ワイルド・スピード』だ。回を重ねるごとに規模が大きくなり、話も面白くなる。3作目の『TOKYO DRIFT』から5作目『MEGA MAX』までのように、どんどん盛り上がる、あんな雰囲気を出したいと考えているよ」
――ヤヤンさんも、ぜひ再登場させてください。
「当然だよ。彼はこのシリーズには欠かせない存在だ。彼の義手と義足は、間違いなくパワーアップするよ(笑)」
取材・文/相馬学