吉田恵輔、問答無用の傑作『BLUE/ブルー』誕生。映画を撮り続ける上で最も大切な“才能”について【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
本連載「映画のことは監督に訊け」をスタートした時から、新作が公開されたら必ずインタビューをしたいと思っていた一人が吉田恵輔監督です。2006年に『机のなかみ』で商業映画デビューして以来、最新作『BLUE/ブルー』まで15年間で10作品。多作の売れっ子監督は他にもいますし、自身の脚本作品を軸とするフィルモグラフィーを重ねてきた監督もほかにもいます。でも、これだけ多作でありながらオリジナル作品中心、そしてなによりも、デビュー作から最新作まですべての作品が無条件に“おもしろい”監督はなかなかほかに見当たりません。
女性と男性の意識のギャップをテーマにし続けることで作家性を確立させた初期作品。安田章大や中島健人や森田剛を起用しながら、それまでの“ジャニーズ・アクター(森田剛は公開当時)の主演映画”の枠を大きくはみ出す怪作をものにしてきた(現時点での)中期作品。その“おもしろい”の中身は進化しながらも、一貫しているのは画面の隅々、台詞の一つ一つまで細やかな意識が行き届いた、現代の日本映画ではとても貴重なウェルメイド感からくる安心と、物語がどこにどう着地するのか最後の最後までわからないスリル。吉田恵輔作品の“おもしろさ”は、そんな相反する2つの要素の奇跡的なバランスによって成り立ってきました。
最新作『BLUE/ブルー』も、そうした美点は不変ながら――きっと監督自身のボクシングという題材に対する深い見識とピュアな情熱がそうさせたのでしょう――物語や台詞に仕掛けられた毒や意地悪さが作品のスパイスとなってきたこれまでの作品と比べて、最も透明感のある青春映画の傑作となっています。
もっとも、個人的には念願の初取材となった今回のロングインタビューでは、そんな吉田恵輔監督ならではの“毒”もたっぷり味わってもらえるはず。こちらの質問での投げかけがほとんど否定されながらも、その返しの小気味良さに納得しっぱなし、興奮しっぱなしの貴重なインタビュー体験となりました。
宇野維正(以下、宇野)「このインタビューの連載企画は、定期的にではなく、『これは!』という作品が公開された時にその監督のオファーをさせていただいているんですけど、吉田監督の作品に関しては、これまでの作品、本当に全部おもしろいんですね。なかなかそういう方はほかにいない。だって、今回の『BLUE/ブルー』が――」
吉田恵輔(以下、吉田)「商業映画デビューから数えて10本目ですね。その前の『なま夏』は自主映画なんで」
宇野「ですよね。『机のなかみ』から数えても、もう15年。今回の『BLUE/ブルー』はたまたま間隔が『愛しのアイリーン』の公開から3年くらい空いてますけど、作品数が少ないというわけでもないのにずっとおもしろいっていう」
吉田「本当ですか?(笑)」
宇野「本当です(笑)。ただ、『BLUE/ブルー』に関しては企画に着手してから6年くらい経ってるんですよね? それだけ念願の作品だったということですか?」
吉田「まあ、作品によってこのくらいかかるものもありますね。あと、ボクシング映画って結構敬遠されるんですよ。正直に言うと、これまでもわりと当たった作品がない。いまではよくネタにされてますけど、『キッズ・リターン』ですら全然当たってないですからね」
宇野「そこは自分もずっと不思議に思っていたことで。そのわりには、近年も日本で結構な数のボクシングを題材にした作品が作られてますよね?」
吉田「そうそう。ボクシング映画は傑作が多いから、プロデューサーも、役者も、挑戦してみたい人は次から次へと出てくるんですよ。でも、お金を出す人からすると、結構難しいジャンルで。時間もお金もかかる題材で。今回も、ホンは一瞬で書き終えていたんですけど、かなり“待ち”の状態が続きましたね。プロデューサーが最後まで戦ってくれたおかげで、こうして実現できたわけですけど」
宇野「吉田監督はボクシング経験者ということでまた違う思いもあったかと思いますが、世の中的にボクシング映画が多いのは、名前の挙がった『キッズ・リターン』もそうですけど、やっぱり『レイジング・ブル』とか『ロッキー』とかの影響なんでしょうか?」
吉田「うーん、そうなのかもしれないですけど、ボクシング映画って言いつつ、ボクシングじゃない映画も結構多いというか。男女の恋愛がベースで、ボクシングがちょっと出てくるようなボクシング映画は結構あるけど、いわゆるボクシングをとったらなにも残らないボクシング映画というのはあんまりないんですよね」
宇野「そういう意味では、『BLUE/ブルー』は登場キャラクターすべての軸にボクシングがありますよね」
吉田「最初は『ロッキー』を反面教師にして、『ボクシングじゃないじゃん、もう喧嘩じゃん』みたいな感じをリアルにやろうと思っていたんですよ。でも、『ロッキー』は『ロッキー』で、いまの『クリード』シリーズになったら、ボクシングに関してはかなりリアルな描写になってますからね。そこで戦うのも違うのかもしれないなって」
宇野「松山ケンイチさんの出演は、かなり早い段階で決まっていたんですね?」
吉田「そうですね。松山(ケンイチ)さんはクランクインの2年前からトレーニングをしてくれていました」
宇野「スタッフがいつも同じというだけじゃなくて、常連の役者さんみたいな方が何人かいる監督も多いじゃないですか。でも、吉田さんの作品って、わりと作品ごとにガラッと変わるという印象があって」
吉田「そうですね。メインキャストでいうと、麻生久美子(『純喫茶磯辺』のヒロイン、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』の主演)ちゃんくらいかな」
宇野「今回もほとんどが初めて組むキャストの方々ですよね?」
吉田「そこは別にこだわりがあるわけじゃなくて、ハマる役者さんを考えていたら“はじめまして”の人が多かったという、結果論でしかないんですけどね。だって、個人的には松山さんとも、東出(昌大)さんとも、柄本(時生)とも、また是非やりたいですからね。なので、たまたまはたまたまです」
宇野「一方で、ちょうどその3人は『聖の青春』(2016年、森義隆監督作)にも出てましたよね? これはたまたま被っちゃったという感じなんですか?」
吉田「はい、それもたまたまです。自分はそういうのあまり気にしないタイプなんですよ。以前も『ヒメアノ〜ル』の時に、『SR サイタマノラッパー』1.2に出てきたキャストがカップルで仲良く殺されるとか、そういうこと結構言われる(苦笑)」
宇野「まったくこちらは考えてもいないことで、勝手に深読みをされる?」
吉田「そうそう。『「サイタマノラッパー」になにか恨みでもあるの?』みたいな(笑)」
宇野「でも、好みというか、一緒にやりたいタイプの役者さんというのはあるんですよね?」
吉田「あります。基本的には芝居がナチュラルな人が好きです。力まないタイプというか」
宇野「それは、自分でそういう方向の演出をするというだけでなく、もともとの役者さんの資質として、そういう方を選ぶことが多いということですか?」
吉田「そう。基本的に、あんまり現場で何回も何回もこうしてああしてとかやりたくないです。だからもう、最初から上手い人を並べておきたいんです」
宇野「上手い人が好きっていう?」
吉田「上手い人が好き(笑)。現場で『えっ、そんなプランもあるの?』っていう演技を見せてくれるのが一番、俺からするとありがたいですから。だからなるべく上手くて、個性と雰囲気がある人がいいです」