吉田恵輔、問答無用の傑作『BLUE/ブルー』誕生。映画を撮り続ける上で最も大切な“才能”について【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
吉田「ホンを書いている時なんて、幻聴じゃないけど、いまでも『どうせつまんないものしか書けない』とか『この偽物が』みたいな、自分で自分を疑うような感覚がありますよ。自分が作ってるホンや映画なんて所詮偽物なんじゃないかみたいなことはいつも考えてます」
宇野「へーっ。じゃあ、吉田監督にとっての才能ってなんですか? もちろん、天性のものだけではなく運や努力もかかわってくるとは思うんですけど」
吉田「どうなんでしょうね。映画の世界の話をするなら、もともと映画って選ばれし者たちの世界な気がしていて」
宇野「それは役者さんも含めて?」
吉田「そうです。そこで、俺はもちろん選ばれし者なんかではなくて、選ばれし者たちが持ってるものを吸収するのがうまい、みたいなイメージですね。自分の中では。(クエンティン・)タランティーノも自分のことを『(クリエイターではなく)アレンジャーだ』って言ってましたけど、俺も『なにかを0から1にしたことあったっけ?』みたいな感覚が常にありますね。1を10にしたり、20にしたりってことは、多分できると思うんですけど」
宇野「それはオリジナル脚本と原作モノの違いとか、そういう話ではなく?」
吉田「そういう話ではなく。監督としても、撮り方から演出方法から、すべてはもう誰かがやってきたことで、俺なんて何も生み出してないのにって思ってるのに、人から『あの作品が好きです』とか言われちゃうと、すごく違和感を感じるんですよ。自分ではめちゃくちゃ偽物感を感じながら生きているのに」
宇野「それでいうなら、0から1の監督ってどういう監督なんでしょう? もちろん、映画史を辿っていけばとんでもない監督はいますけど」
吉田「でも、庵野(秀明)さんとか、0から1をもう何回も生んじゃってる人だと思いますよ。映倫マークの出し方一つ取っても、『どこからそのセンス出てくるんだ』みたいな(笑)。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』みたいな0から1の人の作品を観ちゃうと、俺は、映画の世界ではただの“お勉強ができる人”に過ぎないって思うんですよね」
宇野「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のような作品って、クリエイターが自分の譲れないわがままを突き通したものの集合体だと思うんですね。もちろん、そういう映画を作れる場所を自分で作って、あの規模で公開できることが、まずすごいことなわけですが。吉田監督にとって、そういう意味での絶対に譲れない部分っていうのはどこですか?」
吉田「譲れないのはホンとキャスティングです。ホンとキャスティングである程度の自由が効いたら、もう自分の中では合格点が見えます。逆にホンに関して周りから余計なことを言われて、納得できないまま映画を撮ることはできないですね」
宇野「なるほど」
吉田「だから他人の本では絶対撮れないし、セリフ1個でも違和感を感じちゃうともうダメです」
宇野「これまで、共同脚本の作品はありますけど、脚本にタッチしてない作品は――」
吉田「ないです。逆に言うと、ホンとキャスティングを自由にやらせてくれる場所を俺はもう知ってるんで、そういうところでしかやらないです、いまは」
宇野「これまで書いてた脚本で、まだ映像作品をして実現してない作品ってありますか?」
吉田「オリジナルではないです。いま進行中の作品も含めて、全部売れました」
宇野「それはすごいですね」
吉田「そこに関しては、俺めちゃくちゃ動くから。『さんかく』も『ばしゃ馬さんとビッグマウス』も『麦子さんと』も、普通に4社くらい回って、一年くらい回ってダメだったら、一年開けてまた持っていったり。俺は自分の企画を売る能力がものすごく高い(笑)」
宇野「その、めちゃくちゃ動くっていうのは、具体的になにかコツのようなものがあるんですか?」
吉田「最近はどこの会社が儲かってるとか、そういうのはめちゃくちゃチェックしますね。『あの会社はこういうジャンルの作品にOKを出しがち』だとか、この会社と組むと規模はこのくらいになるけどかなり自由度はあるとか、あの会社の社長はいま誰々でとか、そういうリサーチは欠かさないです。誰かと飲む時も、常にそういう情報を集めてるような感じです(笑)。まだ発表できない作品も含めて、これまで全部のホンを売ってきて、オリジナルだけで9本撮ったことになるんですけど、そういう監督は多分他にはいないと思う」
宇野「それこそまさに“才能”なんじゃないですか(笑)」
吉田「そう、俺にあるとしたらセールスの才能です(笑)。だから、もしかしたら監督よりもプロデューサー向きなのかもしれない。若い人に対しても、いつか出世するかもしれないから、なるべくいい先輩っぽくしてますしね。『将来、君がプロデューサーになったら一緒にやりたいね』ってことだけ伝えて、その状態を長いこと寝かしておく(笑)」
宇野「なるほど。最後にもう一つだけ訊きたいことがあって。自分は堀北真希さんが女優として本当に大好きで、彼女の代表作というか出演作の最高傑作は間違いなく『麦子さんと』だと思っているんですね。あのくらいすばらしい作品にもうちょっとでも出会っていたら、結婚しても引退なんてしなかったんじゃないかと思っていて」
吉田「(笑)」
宇野「そうじゃなくても――これは吉田監督のいくつかの過去作にも当てはまる問題ですが――近年、役者さんになにか問題が起こると、すぐに出演作が封印されたりするじゃないですか。総じて、監督という仕事、役者という仕事、ひいては映画全体が日本では世の中からナメられてる、過小評価されていると思うんですけど、そういう想いはないですか?」
吉田「いや、俺ね、逆に昔は映画というものを過大評価しすぎてたんじゃないかって思いますよ」
宇野「あ! そうですか!?」
吉田「はっきり言って、映画監督なんて俺から言わせたら――まあそれこそ黒澤明さんぐらいだったら『ははあ~』ってなるけど――別に人数だけで言ったら昔から死ぬほどいますからね。それなのに、昭和の時代なんて特に、みんな『監督様』みたいに感じでおだてられてきて。『お前、たいしておもしろいホンも書けてねえし、カット割もカメラマンがほぼ決めてんじゃねえか』みたいに思いますよ。椅子に座って『よーい、スタート』『カット』って言ってただけみたいなやつが、これまで偉そうにしすぎてんじゃないかと思います」
宇野「むしろ、いまくらいナメられてる状況で構わないと」
吉田「うん。少なくとも俺はこのくらいのほうがむしろ生きやすいですね。その方が自分が勝てるから。『俺が監督だ』ってふんぞり返ってるやつより、俺のセールス力の方が強いからね(笑)」
宇野「おもしろい(笑)」
吉田「それに、コンプライアンスに関しても、いまの世の中の流れはもう止められない。これからもっと、ある意味では悪化していくと思うんで」
宇野「ああ、そうですか。反動のようなこともなく?」
吉田「反動もなく、このまま突き進んでいくと思います。というのも、もういまの子どもたちにとってはそれが常識になっていて、そういう人たちがこれからどんどん増えていくだけだから。『なにか悪いことをしたら、みんなで一斉に袋叩きにしていいんでしょ?』っていうのも、日本だけじゃなくて世界中でそうなってるでしょ?」
宇野「だとしたら、これからさらにいろいろ大変ですね」
吉田「でも、それってホン書くネタ的にはおもしろいんですよ」
宇野「なるほど! そういう状況も全部活かしちゃうわけですか!」
吉田「日々、ネタ探しですよ(笑)」
取材・文/宇野維正
※吉は「つちよし」が正式表記