『ムーンライト』『ミナリ』のA24が売却先を探し中? 売却額は30億ドルとも
『ムーンライト』(16)『レディ・バード』(17)『フェアウェル』(19)『ミッドサマー』(19)『オン・ザ・ロック』(20)『ミナリ』(20)…この数年間、各映画祭やアカデミー賞で話題になってきた映画の製作会社、A24が売却の途を探っているとのニュースを、Variety誌などが報じている。
2012年にデビッド・フェンケル、ダニエル・カッツ、ジョン・ホッジス(2018年に退社)の3人が投資会社グッゲンハイムパートナーズの出資を受けて設立したA24は、ミレニアル世代のサーチライト・ピクチャーズと呼ばれ、現在では100名以上の従業員と、NYとLAにオフィスを構えるブティック・スタジオとなった。彼らがいままで製作してきた映画はどれも既存の大手スタジオでは作られない時代性と作家性を重視した作品で、米国市場向けでは1作品ごとに異なるマーケティング戦略を取り入れて公開されている。
最初の買収話が浮上したのは2018年春、『ムーンライト』でアカデミー賞作品賞を受賞した直後のこと。アップル社がApple TV+の立ち上げの際に接近したことが報じられ、結果的に同年11月に「複数年の作品供給契約」を締結している。これは独占契約でもファーストルック契約(優先交渉契約)でもなく、内容については一切明かされていなかった。それから1年半、Apple TV+で配信、劇場公開された作品はソフィア・コッポラ監督の『オン・ザ・ロック』とドキュメンタリー作品『ゾウの女王:偉大な母の物語』(19)『ボーイズ・ステイト』(20)の3本。近日公開作にコーエン兄弟がフランシス・マクドーマンドとデンゼル・ワシントンを主演に撮った『The Tragedy of Macbeth』があり、製作待機作もいくつかある。Varietyの取材によると、当時A24はアップル社だけでなく大手スタジオ数社との間で資金調達、もしくはジョイントベンチャーの形の提携を模索していたそうだ。交渉が進展しなかったのは、A24が自己資本を入れることを望まなかったため、としている。この時点での売却額は10億ドル(約1100億円)と言われていた。
報道によると、A24側の提示額は25億ドル〜30億ドル(約2750億円〜3299億円)と、1年半で3倍近くまで跳ね上がっている。この間にA24は『へレディタリー/継承』(18)で8100万ドル(約89億円)の興行収入をあげ、サンダンス映画祭でNetflixに競り勝ち『フェアウェル』を手に入れ、『ミナリ』でアカデミー賞6部門にノミネート、ユン・ヨジョンに韓国人女優として初の助演女優賞をもたらした。
そして、A24の躍進以上に状況を大きく変えたのが、ストリーミング・サービスのコンテンツ獲得競争の激化だ。Netflixは世界各国のローカル・コンテンツ製作に莫大な資金を投入し、Amazonは今年5月に老舗映画スタジオのMGMを84億5000万ドル(約9200億円)で買収。この買収目的をジェフ・ベゾス会長(当時はCEO)は、「MGMが持つ膨大な作品群のIP(知的財産)を21世紀に向けて再構築、再開発するため」としている。また、今週はリース・ウィザースプーンが2016年にAT&T系列のオッター・メディアとともに立ち上げたコンテンツ企業Hello Sunshineにも売却話が出ている。リース自身も出演する「モーニング・ショー」をApple TV+に、「ビッグ・リトル・ライズ」をHBOに提供しているほか、Hulu、Netflix、Amazonと満遍なく仕事をしている同社の評価額は10億ドル(約1100億円)に上るという。
多くのストリーミング・サービスやテック企業がA24買収に興味を持ったとされているが、急いで決めるつもりはないという。その理由には、売却を試みた理由が事業拡大に向けたさらなる資金調達であり、買収側もA24のマーケティング戦略とブランディングを尊重するスタンスをとっているからだ。A24の主戦場は劇場公開で、作品のカラーやフォーマットによってタッグを組む相手を変える、現在以上に好ましい状況は考えにくい。もっぱら買収先として噂にあがるアップルでさえ、A24が作る全ての作品がApple TV+視聴者向けではないことを理解している。この買収劇がどのように転ぶかはわからないが、ひとつ言えることはA24の広報戦略は間違っていないということ。
このニュースが出た同日、現在アメリカで劇場公開中の『Zola』の通常よりも早い有料配信が発表された。『Zola』はストリッパー(ライリー・キーオ)たちがTwitterでやりとりした150ツイートあまりのスレッドを映画化したブラック・コメディで、2020年のサンダンス映画祭で上映されたが、パンデミックにより1年以上劇場公開が遅れていた。Twitterの投稿をもとにしたこの小さな作品が「A24が30億ドルで買収先を探している」というネットニュースの拡散とともに認知されるのは、バイラル・マーケティングのあるべき姿と言えるだろう。
文/平井伊都子