濱口竜介監督「何度も村上春樹さんの原作に戻りました」第74回カンヌ国際映画祭を、受賞者コメントで振り返る
審査員賞を受賞した『Ahed’s Knee(英題)』のナダブ・ラピド監督
私の映画を“頬を張られるような映画”と評してくれましたが、暴力的な映画ではありません。ただ、言葉と映像が融合してショックを与え、顔を叩くような衝撃を与えているだけです。私の映画を観た観客は、怒り、怒り、悲しみや批判に満ちた映画を観ることになりますが、同時に膨大な親密さもあります。激しい怒りや悲しみがなければ、親密さも築けません。
私の母はスパイク・リー監督の映画をたくさん観ていて愛しています。これから母に受賞を報告したら、スパイク・リー作品の編集を引き合いに出して『次の作品はもう少し良くできるといいわね』と私に言うでしょうね。
脚本賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督、大江崇允
村上春樹さんが書かれた原作の、登場人物の魅力と行動原理を損なわないように脚本を書きました。
抑制された人間の腹のなかに渦巻く感情が、あるきっかけで溢れだしてくる流れを作ろうということを軸として考えました。流れを意識し、滞ることがあればこの物語は観客にとって負担になってしまうので、淀みなく進むことを考えました。流れが淀んだと感じたら何度も原作に戻り、この短編が収録されている「女のいない男達」からの要素をピックアップし、自分のなかに要素がインプットされたら一気に流し込むように書くという行程を繰り返しました。
女優賞を受賞した『The Worst Person in the World(英題)』のレナーテ・ラインスヴェ
非常に個人的な物語ですが、女性としてだけでなく人間として普遍的なメッセージを表現したいと考えました。このキャラクターについての分析はあったけれど、映画に飛び込んでありのままを出すように演じました。
キャラクターにとても親近感を持っています。彼女はとても自分自身に厳しく、自分が世界でもっとも悪い人間だと思っています。私に近いところもあるし、共感もできます。物事は刻々と変化し、人々は個人的な欲望に駆られて判断を下します。1つのアイデンティティに固執することは難しいです。その焦燥感や葛藤を理解することができました。そして、彼女が物語の結末に向かうにつれて、肉体的にも精神的にも変化していくことを表したいと考えていました。
男優賞受賞した『Nitram』のケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
僕らの映画がすばらしいものだと信じていましたが、ほかの映画もすばらしかったので驚きました。ジャスティン・カーゼル監督は、自分では気づけないような情報をたくさんインプットしてくれました。オーストラリア人男性とは?オーストラリアの男性らしさとは?テキサスの男性らしさとの違いとは?そして音楽や文学、映画、テレビドラマなどについても。そのため、監督が作り上げたスペースにただ存在するように演技をしました。
映画が完成した時、僕らが精魂込めて努力したものが成し遂げられたような気がしました。これは非常に新しい仕事のやり方でした。そのほかのやり方は知らないけれど。
文/平井伊都子