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マイケル・ジャクソンのムーンウォークの原点に?『沈黙のレジスタンス』として生きた伝説のパントマイマーとは?

コラム

マイケル・ジャクソンのムーンウォークの原点に?『沈黙のレジスタンス』として生きた伝説のパントマイマーとは?

アーティスト志望の青年がパントマイムで子どもたちの心に光を灯す

本作の物語が始まるのは、1938年のフランス。第二次世界大戦が激化するなか、アーティスト志望のマルソーは、兄のアランと従兄弟のジョルジュ、想いを寄せるエマとともに、ナチに親を殺されたユダヤ人の子どもたち123人の世話をする。悲しみをたたえた子どもたちに、ユーモアあふれるパントマイムを披露することで、マルソーは彼らの笑顔を取り戻し、固い絆を結ぶ。しかし、ナチの勢力は増大し、1942年、ついにドイツ軍がフランス全土を占領。マルソーは、険しく危険なアルプスの山を越えて、子どもたちを安全なスイスへ逃がそうと決意する。

マルソーが第二次世界大戦中にレジスタンス活動をしていたことは海外ではよく知られているが、その活動内容が本人の口から語られることはなかった。本作を手がけたジョナタン・ヤクボウィッツ監督は、存命していた唯一の生き証人であるマルソーの従兄弟で、レジスタンス組織のリーダーだったジョルジュ・ロワンジェ(2018年12月に108歳で逝去)をパリで取材。彼の話を基にリアリティあふれる脚本を書き上げた。

自身もユダヤ人でプロの道化師の母親を持つジェシー・アイゼンバーグ
自身もユダヤ人でプロの道化師の母親を持つジェシー・アイゼンバーグ[c]2019 Resistance Pictures Limited.

復讐ではなく、一人でも多くの命を救うことこそが真の抵抗

マルソーのレジスタンス活動は、ドイツから保護した123人のユダヤ人孤児の世話からスタートした。劇中、避難所にやってきた孤児たちを励ますため、マルソーがキャンドルの炎をモチーフにしたパントマイムを初めて見せるシーンの美しさは必見だ。無言にもかかわらず、様々な年齢の子どもたちがマルソーの動きと表情によって想像力を刺激され、瞳に輝きを取り戻していく姿が胸を打つ。当時、マルソーは毎晩のように新しい作品を作っては、子どもたちに見せていたという。パントマイムがいかに人の心を動かすかを肌身で感じていた経験が、パントマイムが秘める力の豊かさをマルソーに印象づけたことは間違いない。

【写真を見る】美しいパントマイムによって子どもたちの笑顔を取り戻していくジェシー・アイゼンバーグ演じるマルセル・マルソー
【写真を見る】美しいパントマイムによって子どもたちの笑顔を取り戻していくジェシー・アイゼンバーグ演じるマルセル・マルソー[c]2019 Resistance Pictures Limited.

また、手先が器用だったマルソーは、ユダヤ人であることがわからぬよう、自身のパスポートのマンジェルというユダヤ姓のアルファベットの文字に細工をして、マルソーというフランス人らしい姓を名乗ることに。レジスタンス活動に加わったあとは、その腕を買われてパスポートの偽造を担当し、多くのユダヤ人をゲシュタポの目から逃れさせた。

そして、マルソーのレジスタンス活動内容のなかでも、最も彼の強い信念を感じさせるのが、ユダヤ人孤児たちをスイスへと逃がす計画を実行したことだ。復讐心にかられてナチを殺すのではなく、できるだけ多くのユダヤ人の命を救う。これこそが、ユダヤ人の絶滅を目的としたナチへの真の抵抗だという若き日のマルソーの考え方で、その根底には人間に対する深い愛と未来を信じる心がある。

ナチの占領下で、大勢のユダヤ人の子どもたちを引き連れ、列車で山を登り、途中からは徒歩で雪に覆われた森を抜け、最後に崖を下ってジュネーブへ。ゲシュタポに追われながら、マルソーたちが命懸けでスイス国境を目指すクライマックスの逃亡劇は、思わず息をするのも忘れるほどスリリング。最終的にこの行程の旅を3回敢行し、あわせて100人以上の子どもたちを連れてアルプス山脈を越えたというマルソーの行動力に圧倒されてしまう。

マルソーたちは無事に子どもたちを逃がすことができるのか?
マルソーたちは無事に子どもたちを逃がすことができるのか?[c]2019 Resistance Pictures Limited.


マルソーの精神を繊細に演じきったジェシー・アイゼンバーグ

本作でマルソーを演じたのは、『ソーシャル・ネットワーク』(10)のジェシー・アイゼンバーグ。自身もユダヤ人で、母親がプロの道化師だったという生い立ちは、まさにこの役にぴったり。芸術で自己を表現することだけに夢中だった青年が、傷ついた子どもたちとの出会いを通して、思いやり深い、魅力的な人物へと変化していく姿を生きいきと、繊細に演じきった。

白塗りのメイクにボーダーシャツというおなじみの姿でパントマイムを披露するマルソー
白塗りのメイクにボーダーシャツというおなじみの姿でパントマイムを披露するマルソー[c]2019 Resistance Pictures Limited.

もともとの顔立ちが若い頃のマルソーと似ていることもあり、アイゼンバーグがステージ上で、顔を白くペイントした道化師“ビップ”になってパントマイムを演じるシーンは、あたかもマルソー本人が演じているかのような錯覚に陥る。言葉で語らず、真実を表現するマルソーのパントマイムとその生き方から、困難な時代を生きるうえで大切なことはなんなのか、観る人それぞれが感じ取ってほしい。

文/石塚圭子

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