安藤政信、25年の歩み。指針となった北野武監督の言葉「武さんが教えてくれたことを、ずっと考え続けてきた」
「チェン・カイコー、ツァイ・ミンリャン、北野武…いろいろな監督のエッセンスがある」
これまでたくさんの映画監督と時間をともにしてきた経験は、安藤の監督業へのチャレンジにおいても大きな力となった。
安藤は「僕はいろいろな監督からエッセンスをもらっているから。チェン・カイコーにも演出を受けて、ツァイ・ミンリャンの世界の見え方にも触れていたり、(北野)武さんの役者との接し方も見てきた。相米(慎二)さんには、何度もNGをもらって(『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で)ものすごい数のポッキーを食べたりもして(笑)。本当にいろいろな監督がいる」と名匠との日々を回想しながら、「今回思ったのは、僕の『役者の芝居を見たくて見たくて、仕方ない!』という姿勢は、矢崎仁司さんに似ているのかもしれないと思って。矢崎さんって、近くで役者の芝居が見たくなっちゃって、自分の被っている帽子がカメラに映り込んでしまうことがあるんです(笑)。『監督!』ってみんなに突っ込まれるんだけど、でもそれって役者に対する愛だよね。そんな姿を見ると、こっちもものすごくうれしくなっちゃう」と楽しそうに話す。
本作の現場では、安藤も「僕も、孝之と葵の芝居を見ていて『うおー!』って興奮して拳をあげちゃったことがあって(笑)」と矢崎監督と同じように役者への愛情を爆発させてしまったこともあるのだとか。「監督って指揮者みたいなものですよね。感情の持って行き方を葵と話し合って、その結果、葵がいい音を出してくれたら、やっぱり『うおー!』となるし。孝之は本当にプロフェッショナルだから、葵をベッドに押し倒すシーンでもすべてを把握したうえで動いてくれた。感謝しかない」と熱弁し、「2人の芝居を永遠に見ていたかったし、やっぱり役者ってすごいなと思った。監督としても役者を愛したいし、役者としても共演者を愛して、ものづくりをしていきたいと思った」と愛情をあふれさせる。
「武さんが『これから、安藤くん自身でよく考えてやっていかないとな』と言ってくれた」
「きちんと人と向き合って、いろいろな人をリスペクトしながら、ものづくりをしたい。いい加減なことはしたくない」と、何事にもまっすぐにぶつかるのが安藤流。北野監督による青春映画の傑作『キッズ・リターン』でスクリーンデビューしてから25年を迎えたが、これまでの道のりを振り返り「役者、表現者として大切なことは、最初に武さんがすべて教えてくれていた」と告白する。
「『キッズ・リターン』でボクシングのシーンを撮っている時に、控室でボーッとしていたら武さんが入ってきて。『絶対に安藤くんは売れると思う。だから、これから安藤くん自身でよく考えてやっていかないとな』と言われたんです。漫才ブームのころの話もしてくれて『突然お金を稼げるようになって、ちょっと感覚がおかしくなるようだった。俺はこれじゃダメだ、今後どうしたらいいか考えなきゃいけないと思った。だからいまがあるんだ』と話してくれました」。
続けて「僕はまだ新人で、当時はそれがどういうことかよくわかっていなかった。でもいろいろと経験していくと、『環境が変わっていったとしても、そこでどうするかを自分でよく考えなくてはいけない』という武さんの言葉が(役者人生に対する)すべての答えだったんだなと思うんです。そう言われて1年後くらいに、ある映画祭で武さんにお会いして『どうだ?』と聞かれた時には、『自分なりに考えて、お金をガンガン稼ぐスターというよりも、映画をきちんとやっていきたいと思っています』と答えました。武さんの言葉をずっと考え続けたから、浮かれることなく、ここまで役者として歩んでこられたんだと思う」と地に足をつけて進むことを教わった。
「しょっちゅう武さんのところに遊びに行っていて」と北野作品の撮影終了後も北野監督を慕い続けたそうで、「武さんは『撮られる側としては、“撮りたい”思われる被写体になることが大事。一方、撮る側は被写体を大切に撮るものなんだ』という話もしてくださった。最初から武さんのようなすごい人と出会っていたから、役者、表現者として大切なことがわかった」と北野監督からの言葉が役者人生の指針になっているという。
終始ものづくりへの愛をあふれさせ、安藤の口からは次々と熱い言葉が飛びだす。監督業を始めたからには「これからも絶対にやってやるという気持ちでいます」と迷いなく語る。「クリエイティブに対して真摯でありたいし、役者としても写真家としても映画監督としても、誰かの記憶のなかに入り込むようなものを作っていきたいです」とさらなる意欲をみなぎらせていた。
取材・文/成田おり枝