「孤狼の血」は日本映画界に前例のないシリーズとなるか?白石和彌監督が“続編”を作る意義【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
『孤狼の血 LEVEL2』が公開されて約1か月が経った9月17日、シリーズ3作目となる続編の製作が発表された。振り返ってみれば、本作『孤狼の血 LEVEL2』の製作が発表されたのも1作目の『孤狼の血』が公開されてしばらく経った後だった。それは、なにも配給の東映が実は決定しているのに毎回もったいつけて作品の公開後に続編の発表をしているのではなく、このシリーズがまるで薄氷を踏むような足取りで、観客からの支持だけでなく、製作者や出演者たちの「シリーズを継続していきたい」という志と情熱によって成り立っていることを示している。実際に『孤狼の血』は継続させる価値がある、もっと言うならば継続させなくてはいけない、現在の日本映画界においてとても重要なシリーズ作品だ。
続編の製作が発表される前に行なっていた今回の白石和彌監督への取材でも、焦点の一つとなったのは「継続することの意義」についてだった。国内で多くの映画賞に輝いた2013年の『凶悪』を経て、長編監督作品として3作目となった2016年の『日本で一番悪い奴ら』以降、メジャー/インディーズを問わず多い年(2018年と2019年)には年に3作というハイペースで作品を撮り続けてきた白石和彌監督。それは(特に実写の)日本映画界を取り巻く停滞感を打破するうえでの白石和彌監督ならではの闘い方でもあったに違いないが、2022年に配信作品として発表される『仮面ライダーBLACK SUN』など大きな企画を手がける機会も増しているなか、ここにきて次のフェーズに足を進めようとしている(撮影現場での労働環境の改善について積極的に行動し、声を上げるようになったのも、その表れの一つだろう)。そんな白石和彌監督の立っている日本映画の現在地からは、どのような景色が見えているのだろうか?
宇野「前作に続いて、『孤狼の血 LEVEL2』も本当に見事な作品で。自分は今作を2つのポイントで現在の日本映画においてとても重要な作品だと思っているんです。一つは、今回、白石和彌監督が初めて自身の作品の続編を作られたということ」
白石「そうなりますね」
宇野「コミック原作ものでは近年の成功例もいくつかありますけど、プログラムピクチャーの時代が終わってから、日本の実写映画って続編映画をあまりうまく回すことが出来なくなってると思うんですね。一方、ハリウッドなんてほとんどがシリーズものだったりユニバースものだったりして、産業としてはほぼ続編で回ってるような感じで」
白石「まあ、そうですよね。いまだに『スター・ウォーズ』とか作ってますからね」
宇野「続編作品って、産業としての持続性においてもすごく重要なものなのに、コミック原作以外の実写日本映画においてはあまりフォーカスされてこなかったと思うんですよ。そのことをふまえて、作品的にも非常に高いレベルで続編を実現させている『孤狼の血 LEVEL2』について白石監督に話を訊いてみたいと思っていて」
白石「はい」
宇野「それともう一つ。『孤狼の血』シリーズが、冒頭のナレーションのスタイルを筆頭に東映の実録ものヤクザ映画へのレファレンスに満ちた作品であることはよく語られてきましたけど、『孤狼の血 LEVEL2』ではさらに、かたせ梨乃さんのキャスティングにも象徴的なように、『極妻』(『極道の妻たち』)をはじめとする実録もの以降のヤクザ映画へのレファレンスも張り巡らされている。近年の日本映画、特にメジャー配給の実写映画では、日本映画の歴史から切り離されたような作品ばかりが作られているなかで、このことも非常に重要だと思っていて。つまり、“前作を超える続編”と“映画史へのレファレンス”という、ハリウッドの優れた作品では当たり前にされていることをやれてる作品が、今回の『孤狼の血 LEVEL2』だと思うんですね」
白石「確かに、確かに」
宇野「前作『孤狼の血』の製作中には続編の話はなかったわけですよね?」
白石「そうです。前作は柚月裕子さんの原作から結末を変えたこともあって、原作の続編『凶犬の眼』をそのまま映画化するのは難しいだろうというのが、まずあって」
宇野「続編の可能性なんて考えず、フルでやりたいようにやった結果が、前作のあの結末だった?」
白石「そうです。それと、『凶犬の眼』でも日岡(松坂)は左遷されて田舎には行っているんですけど、ヤクザの抗争っていう感じの内容とはちょっと違って、登場人物も少なかった。それもあって『どうしましょうかね?』というところからのスタートだったんです。で、原作には(原作の1作目と2作目の)間の話みたいなものとして、広島のその後のエピソードが何行か書かれているんですけど、そこを膨らませたらおもしろいんじゃないかと思って、そこを手がかりに進めていったら、結果オリジナルになってしまったという」
宇野「では、当初はもう少し前作と直接つながるような要素も入っていたということですか?」
白石「最初は考えてましたね。でも、そこに引っ張られるよりも、原作の『凶犬の眼』につながるような作品を作ったほうがいいんじゃないかと思って」
宇野「これは原作も同様ですが、一作目で大上(役所広司)という作品の柱であった存在を失うわけじゃないですか。映画では、それによってクレジット上のメインロールも役所広司さんから松坂桃李さんになるという一大事でもあるわけですが、そのことで続編を作ることに躊躇はありませんでしたか?」
白石「最初から前向きでした。おっしゃったように、これまで続編をやったことがないというのもやり甲斐のあることだと思ったし、一番大きな魅力は2作目だと説明が要らないことなんですよね」
宇野「なるほど」
白石「映画って説明の部分が一番面倒くさい…と言ったらあれですけど(笑)」
宇野「まあ、いきなり壮絶な豚小屋でのシーンから始まる前作も、決して説明的な作品というわけではなかったですけど(笑)、それでもやっぱりそうですよね」
白石「どんな映画でもセットアップは必要なんで。今回はその部分が少なくて済むだろうなというのは、最初から念頭にありました。あと、1作目の『孤狼の血』も典型的ですけど、日本映画って“過去になにかあった話”が多いじゃないですか。『孤狼の血』だけじゃなく、これまで僕が撮ってきた映画もそういうものが多かったんですが、そこからも解放されるんじゃないかっていう予感があったんですよね」
宇野「“過去になにかあった話”というのは?」
白石「例えば『孤狼の血』だと、役所さんが演じていた大上の『過去に人を殺してるんじゃないか?』ということが物語の軸の一つになっていたじゃないですか」
宇野「ああ、なるほど。物語のサスペンスやミステリーの核の部分が過去の出来事にある映画ってことですね。確かに、すごく多いですね」
白石「でも、そういう“過去になにかあった話”って、映画としてはスピード感が落ちるんですよ。その点、今回の『孤狼の血 LEVEL2』では日岡の過去についてはもう前作で語っちゃってるんで、そこに物語のサスペンスを置くことは最初からできない。そうなると『なにかが起こって、そこから次はどうなっていく?』っていう転がし方ができると思ったんです。物語の展開そのものが、映画としての推進力になっていくというのが、映画の王道なので」
宇野「でも、今回も上林(鈴木亮平)については、“過去になにかあった話”の要素はありますよね」
白石「あそこは『彼はどうしてああいう人間になったのか?』っていう説明ぐらいですよね」
宇野「物語全体に影響を及ぼすようなものではないということですよね」
白石「はい。上林は五十子(石橋蓮司)に救われた男なんでしょうけど、そこでなにがあったかは細かくは語っていない」